循環する有機物とバスルームの羽虫

 排水口の周りなんかで時々見かける、小さな羽虫がいる。丸いような三角のような形の灰色のやつだ。この虫の名前はチョウバエと言って、水周りを放っておいて汚泥のようなものが溜まってくるとそこに発生する。新しい部屋に引っ越したとき、お風呂が変な設計で訳のわからない隙間があるなと思っていたのだけど、一度チョウバエが結構たくさん出て困った。
 もちろん僕は躍起になって掃除したり薬を散布したりして退治を行った。
 そして、実は本当は掃除なんてしなくていいのだということに気付いて、少し感動した。

 なぜなら、チョウバエの発生自体が既に掃除だからだ。
 有機物の流れを中心に「お風呂にチョウバエが発生する」という現象を眺めてみると分かり易い。まず、起点は僕だ。お風呂に持ち込まれる有機物の多くは僕に由来する。シャワーを浴びながら体を洗うと、表皮の一部などが擦り取られて排水溝へ流れて行く。理想的には全てが下水道へ流れ込むのだろうけれど、現実には排水口付近などに汚れが付着して堆積していく。そこへ、多分どこかから飛んできたチョウバエが卵を産み付け、それが孵化して幼虫、成虫となり、そして風呂場を飛び回る。外への出口を無事に見つけた者は、外界へ飛び出して行く。つまり、お風呂の中に堆積していた有機物が、掃除しにくいところに溜まっていた汚れが、自動的にチョウバエという昆虫の形式をとって隙間から外に出てきて、さらに家の外にまで飛んで行くのだ。彼らは多分すぐに死んでしまうのだろう。鳥やクモに捕食されるだろう。
 人間は多分食物連鎖の頂点にいて、つまり僕の身体はあらゆる生き物を通過してきた有機物(もちろん無機物も)の凝縮で構成されていて、その身体から角質などとしてこぼれ落ちたもの、その堆積を、チョウバエはまた自然界へ拡散させる。風呂場の片隅に溜まってしまったものを、自然界へ拡散させる。

 さっきも書いたように、もちろん僕はチョウバエを退治した。
 だけど、どう考えても間違っているのは僕で、そして家の作りだろう。極端な話、お風呂に壁がなければチョウバエなんていくら発生したって困らない。
 快適だが滑らかに自然へ接続された家に住みたいと思う。