西海岸旅行記2014夏(48):6月19日、ラホヤ、輝く街と謎の洞窟
翌日は昼過ぎに起きて身支度した。今日はマックンも休みなので、2人でどこかへ行こうということになる。僕の観光に対する熱意のなさは彼も了解済みだ。
「カールスバッドはレゴランドが有名だけど、まあ行かないよね」
「そうだね、行かないね。どういうとこ行きたいかな。もう海はいいから湖とか、山とかない?」
「うーん、海と反対の方は砂漠だからね」
「あっ、じゃあ洞窟とか」
僕は洞窟が好きだ。周辺の洞窟を探してみると、ラホヤという街に海へ続く洞窟があるという情報が出てきた。入り口は、ギフトショップの建物の中らしい。
「あー、そういえばなんかそんなの聞いたことあるよ。行ったことないけど」
そうして僕達はラホヤへ行くことにした。
ラホヤは、サンディエゴの少し北にある海辺の小奇麗な街だ。カールスバッドからマックンの車で1時間ほど。風光明媚というのはこういう街を指すのだろう。道路沿いの駐車スペースは結構埋まっていて、駐められるところを見つけるのに少しだけ街をグルグルしなくてはならなかった。
車を駐めたところが、たまたまラホヤ現代美術館の前だったので中を覗いてみた。展示はあまり興味のあるものではなかったので、ショップだけ見て出る。美術館自体は小さくてモダンで爽やかで、ラホヤの街を象徴しているかのようだった。ラホヤ(La Jolla)はスペイン語の「宝石"la joya"」が鈍って出来た名前だとも言われている。かつて住宅平均価格がビバリーヒルズを抜いたこともあるリゾート地だが、しっとり落ち着いていて明るく賑わっているのに煩くない。
もう昼の2時を回っていて、二人共空腹だった。海岸を洞窟の方へ歩きながら、目ぼしい店があれば入ることにする。海ではアザラシが海水浴場の人々に交じるかのような近さで泳いでいるし、相変わらずリスは穴から穴へ走り回っている。カモメも雛を育てていた。道路では人々が寛いだ出で立ちで歩いている。立ち並ぶ家やホテルは作りも色もきれいで、海に面する芝生の広場には樹々が木陰をしっかりと作っていた。
この街はかなりいい。
「あっ、あれじゃない?」
マックンが目をやる先に、ネットで見た洞窟の入り口になっている店があった。
「じゃあ、見てからランチでいいか」
中へ入ると小さな建物で、入ってすぐ斜め右に洞窟の入り口があった。これはなかなか奇妙な眺めだ。普通のちょっと小綺麗な土産物屋の中に、開け放たれたドアがあって、その中は岩がゴツゴツした洞窟になっている。まるで「どこでもドア」が時空をねじ曲げているかのようにそこだけ異質だ。
料金を土産物屋のレジで払ってから洞窟に入るシステムらしい。レジで「どうだ!」というような顔をしているおじいさんに入場料を払うと、「君はなんでそんなクレイジーな金髪なんだ」と言われる。僕の金髪はウィッグでスーパーに金髪なので日本では良く不思議な顔をされるけれど、まさかアメリカでこんなことを言われるとは思わなかった。
「あっ、これはカツラなんです」
「え! ほんとに」
「そうそう、それでなんでこんな金髪を選んでいるかというと、単純にカッコイイと思ってるのと、あと日本では金髪だとまともに働けないので、それでも生きていけるように強くなろうと思ってこうしてます」
「そうなのか、それすごいカッコイイよ、オレも欲しい、もっと若く見られたい」
「若くなんてしなくても、今のままでカッコいいですよ」
洞窟の中は階段になっていて、海に続いているせいかじっとりと湿っている。ところどころは水溜りになっていて、足元に注意しないと靴が濡れてしまう。土産物屋の立地からも想像でできたけれど、洞窟はあっさりと短いものだった。階段を下り切ると、もう海面のレベルで、海に向かって開いた口をバックにしてプロっぽいモデルの女の子がプロっぽいカメラマンに写真を撮られていた。なんとも日常と地続きだ。唯一、非日常的なのは、手摺が壊れていて、その上に結構大きな岩がのっかっていたことだ。上を見上げるといかにも新しい剥離跡があった。こんな危ないところにお金払って入ってる場合じゃないねと、僕達は洞窟を後にする。
階段を登って洞窟を出ると、さっきのレジのおじいさんがまた話し掛けてきた。
「ところで君たちどこから来たの? 君の髪は本当にカッコイイな」
「日本です、そして日本には同じカツラいくらでも売ってますよ」
「おー、日本か、オレは日本が好きなんだ」
レジの奥では若い女の子が2人「またはじまった」というような目配せをこっちに飛ばした。
「ほんとに、適当に言ってるだけじゃないんですか?」
「いや、ホントだって、たとえば、ボンサイ。ボンサイとか好き」
「他には?」
「えっと、他は、うーん」
「ほら」
「ホントだってば、ちょっとこっち来て」
彼は立ち上がると僕達を店の裏へ案内した。そして、ちょっと離れたところに立っている家を指さした。
「あれは、オレが自分で建てたんだ。日本風だろ」
「えー、ほんとにあれ自分で作ったんですか!」
その家だか小屋だかはとても素人が作ったとは思えなかった。良くできている。そして、庇の形が確かに日本の神社のそれに似ていた。彼は本当に日本のある部分が好きなのだろう。生まれてからずっとこの街を出たことがない、いつか日本に行きたいと彼は言った。それから握手をして別れる。
僕達の空腹はそろそろ限界だった。ランチの場所を探しながら、マックンが軽口を叩いた。
「あの家、おじいさん自分で作ったって言ってたけれど、すごい良く出来てたじゃん。なんとなくだけど、もしかして、あの洞窟も自分で掘ったんじゃないのかな」
まさかとは思うが、あのおじいさんなら有り得る話だった。期待はずれなような、危ないような、インチキのような不思議な洞窟は、今日もあのおじいさんに守られているのだろうか。