西海岸旅行記2014夏(49):6月19日、ソーク研究所、陰影の鋭い突然の終幕


 少し店を見て回ったあと、僕達は結局"SUSHI ROCK"という日本料理屋へ入った。ここは変な名前だからずっと前に通った時から気になってはいたとマックンが言う。店内は若干の高級感を出そうとした作りだったが、定食があったのでトンカツ定食を頼む。店はビルの2階にあって、窓の外にはラホヤの美しくリゾート地らしい通りと爽やかな建物、その向こうには海が見えた。昼下がりの太陽はどこまでも明るく、外のテラス席で直射日光に照らされたまま食事をしている人達が信じられない。
 運ばれてきたトンカツ定食にはカリフォルニアロールも付いていた。スシ・ロックというだけのことはある。外の景色にまったくそぐわないトンカツ定食は、日本で食べるのと同じ味で美味しかった。カリフォルニアロールを飲み込んでマックンが言った。

「洞窟を見るという目的は達成したけれど、これからどうしようか?」

 まだ昼下がりで、僕達には午後が丸々残されていた。

「そうだなあ、これといってしたいこともないような、そういえば6時位から近所の情報系の大学でデジタルアート系の舞台があるってネットに出てたような」

「あー、大学といえば、大学じゃないけどソーク研究所も近くだよ」

「ソーク研究所は見ときたい」

 あれっ?なんだろうこの胸騒ぎは。
 背骨の周りが急にソワソワする。僕は急いでiPhoneのメールボックスを開いた。探しているのは航空会社のメールだ。

「あっ、ヤバい」自分の間抜け具合が恐ろしくなる。

「帰りの飛行機、明日の夜中12時半じゃなくて、今日の夜中12時半だった。。」

 夜中まで起きていることが当たり前過ぎて、いつの間にか僕は午前1時とか2時は「その日の夜中」だと勘違いしていた。当たり前だけど、「その日の夜中」ではなくて、「その日起きる前の朝」だ。今日は19日だから、20日午前12時半は今日の夜中で明日の夜中じゃない。完全に1日勘違いしていた。旅行の予定を立てた最初の最初から勘違いしていた。レンタカーは飛行機のチケットを買ったすぐ後に日本から予約しているが、そのとき既に1日長く予約している。マックンにもずっと3泊させてもらうお願いをしていた。違う2泊だ、僕は今日の夜飛行機に乗って日本に帰るのだ。まさかこんなバカな間違いを自分が犯すとは驚きだった。胸騒ぎがしてくれて良かった。

「じゃあ、もうあまりゆっくりはしてられないね」

 食事が済んだ後、海沿いをグルっとして車に戻ってラホヤを出た。フライトは夜中だし、ここからカールスバッドまで1時間、そこからロサンゼルス国際空港まで1時間、プラス渋滞やなんやかやを1時間入れて合計3時間あれば空港には着くだろう。10時に空港に着くようにしたとして、ここを7時に出ればいいわけだから、まだ4時間くらいの余裕がある。
 とはいっても、急に今夜帰ることになったのであまり落ち着いてはいられなかった。最後の余韻もあったものじゃない、不意打ちのオウンゴール。何が6時から舞台があるだ、見てたら大変なことになっていた。

 時間を考えて、ソーク研究所にだけ寄って、それからカールスバッドのマックンの家で荷物をまとめ空港に向かうことにした。
 ソーク研究所というのは、生物系医学系の私設研究所だ。カリフォルニア大学サンディエゴ校の隣に立っていて、建物はルイス・カーンが設計した。ルイス・カーンはドキュメンタリー映画で「神の建築家」という呼称まで使われていたが、ブルータリズムの名にふさわしく彼の建築は人を寄せ付けない凛とした高潔な緊張を湛えている。そしてどこか神聖だ。そういうものが人間の使う建築として優れているのかどうかは知らないが、造形は寂しく禁欲的なのに肉感が艶かしい。

 「あれ、前来た時はここから先閉まっててて入れなかった、ここも入れるんだ」

 マックンは一度来たことがあるらしい。前回より先まで進めるということで、連れてきてもらった身としても嬉しい。
 ソーク研究所の中庭はルイス・カーンの友達だったルイス・バラガンの助言によるものだという。
 完全な平面になっているコンクリートの地面を想像しよう。平面の左右両サイドには、四角い箱みたいに幾何学的な2階建ての建物が立っている。その建物は規則的に僕達に対して45度傾いた壁を突き出している。平面の真中には、縦に細い水路が走っていて、水路に沿って足元から遠くへ視線を動かしていくと、平面は突然直線的にスパッと終わる。その向こうは海だ。平面と両サイドの壁が作る直線的エッジが収束する向こうに、水平線と空が見える。

 まあ、きれいな造形ではあるが、寂しい建物だと思う。静かで生命の躍動を感じない。排他的で何かが阻害されているような気がする。まあ実際に阻害されて僕達は建物内部に入ればいわけだが。
 少しすると閉門の時間になった。警備の人がゲートを閉めるから出るようにと言う。
 表へ出て、車に乗ってカールスバッドまで戻る。マックンの部屋で小休止して、荷物をバックパックに詰め込んだ。
 彼の部屋を出たのが何時だったのか良く覚えていない。駐車場までマックンは一緒に出てきてくれて、車の窓からバイバイを言う。

「色々ありがとう、楽しかった」

「またどうせすぐ会うだろね、どこでかは分からないけれど」

 レザーマンのツールセットは、ナイフも付いていて飛行機に持ち込めないのでマックンに上げた。来るときはクミコの悩ましいキャリーバッグに入れて預けていたのだが、帰りはすっかり忘れてポケットに入れたままだったのだ。航空会社のカウンターでナイフだけ預けることもできるとかできないとかいう話で、その制度を試せばいいのかもしれないが、ナイフを友達に上げるというのは男らしく気分の良いことにも思えた。