書評:『あなたを天才にするスマートノート』岡田斗司夫、その2

 最近、同じような悩みをいくつか立て続けに聞きました。
 「自分が一体何をしていいのか、何をしたいのか分からない」というような感じのことですが、より具体的には「休みの日に特にしたいこともなくて、出かけたりはしてるけど、実は暇潰ししてるだけで虚しい」という形で表面に浮かんできます。

 最初に話を聞いているときは、特に具体的な「こうしてみればいいんじゃないか」という方法論は浮かびませんでした。何かしなきゃならないと思うのは近代以降の病だから気にしなくていい、というような返事しかできませんでした。

 でも昨日寝ていたら具体的な方法が1つ浮かびました。

 僕はこれまでの人生で一度も暇だと思ったことがないのですが、それは自分の中に弄ぶべき何かの塊がずっとあるからです。僕は客観的に見てみると今のところ全く”成功”した人生ではなく、初対面の人に状況を説明すると「そんなのでどうしてこんな平気な顔で生きてられるのか」と驚かれることもあります。客観的に考えてそういう反応があることは理解できます。
 それでも自分としては、それなりの手応えと幸福感を持って毎日を暮らしていて、それは他の人には理解されないとしても、自分にとっては大切なコアのようなものがあるからではないかと思いました。
 有り体にいうと「自分の世界」ということになると思います。

 「自分の世界」という言葉から、以前紹介した岡田斗司夫さんのスマートノートを思い出しました。前回の書評は完全に的を外していました。
 あの本のメインメッセージは「自分の世界を作ろう」で、書かれていることはその為の具体的な方法でした。

 岡田さんがおっしゃるには、現代の世界は「現実世界」と「電脳世界」が重なってできています。「リアル」と「ネット」ということです。ネットで個人の固有性よりも匿名性が強くなっていることは肌身で分かると思いますが、実は「リアル」でもこれは同じことです。大量消費社会の成れの果てで、多くの個人はもはやスペシャルな存在ではなくなってしまいました。宮台真司さんの言葉を借りれば「交換可能」になってしまいました。たとえば近所のコンビニがローソンからセブンに変わっても別に気にならないように、もはや個人も交換可能な存在になりつつあります。

 そういう社会に生きていると「自分の世界」を守るのは大変です。
 子供が大人になるにつれて自分らしさや輝きを失うのは良く見られることです。子供はまず小中高と訳の分からないレギュレーションに叩きこまれて、そのあと大学を経て企業社会に嵌めこまれます。大学は「自分の世界」構築機能を一時期持っていましたが、今は企業社会の傘下に入りつつあって、そういう機能は失われています。
 あんなに嬉しそうに絵を描いていた、絵の大好きな子供が、気付くと保険会社の営業になっていて下らない接待で夜中に吐き気を堪え、休日に自殺を考えたりしているわけです。
 たくさんの人達が、平日は会社という誰かの価値観が実体化した組織の中で、誰かの価値観の為に働き、その対価として得た幾ばくかのお金で休日に誰かの価値観を買いに行きます。金銭という記号を媒体にして人の価値観を交換しているだけなのですが、それが「活発な経済活動!」で良いことだと勘違いされています。なんか変かもしれないと思っても「自分流にカスタム自在」とかいう商品でも買って誤魔化してみたり。

 岡田さんの提唱されていることは、細かなテクニックを取り去れば「毎日ノートの上で考え事をしましょう」というもので、その結果バラバラだったものがリンクされていって、頭の中に「自分の世界」が構築されるとおっしゃっています。
 毎日書いていたわけではないですが、僕は中学生のときからノートはずっと持ち歩いていたので、この感覚はなんとなく分かるような気がします。
 「自分の世界」が構築されるのはけして「ノート上」ではなくて、「頭の中」です。ノートはぐちゃぐちゃで整理もしないし、古いのは捨てています。あとで読んだりすることはほとんどありません。

 「お前ごときが何様のつもりだ」という話で、ちょっと気がひけてはいるのですが、僕に何の実績がなくても「紙にペンで書きつける」ということの有用性はわかるので、それだけはここに書いてもいいと思っています。
 また「自分の世界」を構築することは、偉いことでもすごいことでも賢くなるということでもありません。ただ「自分の世界」ができるだけです。もしかしたら頑固になるということかもしれません。
 
 でも、この紙とペンが脳内に作り上げた「自分の世界」が、「現実世界」と「電脳世界」へ「自分」が溶け出してしまうことを防いでくれるのは確からしいように思います。
 少なくとも、「とりあえずカルチャーセンターでも行って習い事でもはじめてみればいいんじゃないか」みたいなアドバイスよりは、ずっと有効な気がしています。iPadなんかよりも、ただの真っ白なノートを!

あなたを天才にするスマートノート
岡田斗司夫
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