西海岸旅行記2014夏(20):6月10日:シアトル、やっぱりちょっと退屈な野球


 スタジアムは美しい。そして時々ゲームも素晴らしい。6月のシアトルの風も、見晴らしの良い座席で飲むビールも素敵だ。しかし、何度も書くようだが、僕達は基本的に野球には興味が無い。僕達はというか、外野席に座っている観客の多くは野球観戦よりも、賑やかなスキっとしたところで友達とビールでも飲みながら世間話をしたい、という感じに見えた。
 野球はそういう世間話をしながら見るのに最適なスポーツだ。何かと待ち時間が多いし、大抵の場合は何も起こらない。ヒットが時々、だいたいは打てないかゴロかフライ。たとえばサッカーとかボクシングなら、ハーフタイムとかラウンド毎の休憩以外は目が離せないわけだけど、そういう観戦の仕方とは大きく異なっている。世間話でもしながら見るのに丁度いいということは、観戦中は結構暇ということで、実際にバックスクリーンではイニングが変わる時にしょうもないクイズを出したりしている。観客がアクティブに答えることもできないので、クイズの答えは勝手にスクリーンに出てくる。

「1997年のグラミー賞を取った曲は?
・・・・(A) チェンジ・ザ・ワールド
   (B) イエスタデイ 
     (C) 愛は翼にのって

 正解は(A)チェンジ・ザ・ワールド
 ではその曲を歌っているのは?
 ・・・・(A) ホイットニー・ヒューストン
   (B) エリック・クラプトン
   (C) ポール・サイモン

 正解は(B)エリック・クラプトンでした。
 では。。。。。。。         」

 みたいな感じで、かなりどうでもいいのだけど、観客は暇なので見ている。
 この辺りのことを、「さすがエンターテイメントの国。観客を飽きさせない配慮が」と受け取るには僕は大人になりすぎた。あからさまに下らない。暇つぶしのための暇つぶしで、観客の気持ちを現実に引き戻さないようにしているだけだ。こういうもので「楽しんだ」と自分に言い聞かせて、明日また嫌々仕事に出かけていくのであれば、そういう人生は御免被りたい。

 そのような感じで、僕達の気持ちは段々と冷めてきた。
 イチロー、岩隈の対決も内野ゴロで落ち着き、日本にいるクミコの友達にラインで誕生日祝いのテレビ電話などをして、そういえばホステルは到着が22時を過ぎそうなら電話してくれと言っていたのに、電話が繋がらないので僕達はゲームの途中で引き上げることにした。ゲームは僕達が来た時マリナーズが一点のビハインドで、どうにか追いついたと思ったら直後にホームランで巻き返されるというシアトル市民にとっても面白くない展開だった。この後どうなるのか知らないけれど、まあいいか、と僕達はスタジアムを後にする。

 キングストリート駅で黄色い服を着た人を見つけ、荷物を受け取り、ホステルまではタクシーに乗った。タクシーに乗るとグリーン・トータス・ホステルはあっという間だ。タクシーの窓から夜のシアトルを眺めて、ポートランドよりは絶対にシアトルの方がいいなと思う。シアトルの方が色々なものがリアルだった。この街の方が「生きている」感じがずっとする。ポートランドはどこか取ってつけたような、ハリボテのような雰囲気があった。
 ホステルについて、料金を払うも、運転手はドアを開けてくれない。チップを忘れていた。僕達に向けて突き出したままになっている手に1ドルを押し込むとドアが開いた。

 ホステルの玄関は22時になると施錠されるので、インターホンでフロントを呼ぶことになっている。しかし予想はしていたがチャイムを鳴らしても反応はない。電話でもするかと思っていると、ちょうど宿泊客が1人自転車を担いで出てきたので、彼と入れ替わりで中へ入った。
 3日目なので、このホステルの勝手はもう良く知れていて、少しほっとする。前回の部屋は、同室の誰かが部屋の中を散らかしまくっていたけれど、今度は僕達のベッドに女の子のパンツが干してあったくらいできれいなものだった。
 まだ体力と時間が残っていたので、ダイニングへ下りて行って書物をしたり雑誌を読んだりする。

 翌日、6月11日は10時に起床した。11時がチェックアウト。今日は飛行機でサンフランシスコまで移動する。フライトは昼下がりなので少しだけ時間があって、僕達はバスで丘の上までブルース・リーのお墓を見に行くことにした。
 お墓は、15番通りイーストのボランティア・パークに併設されているレイクビュー・セメタリーにある。グリーン・トータス・ホステルなどのある市街中心部からはバスで15分程度の距離だ。お墓の周囲は住宅街で、街中からそこまでバスに乗る人は少ない。お墓の前のバス停まで来るとバスに乗っていたのは僕達2人だけだった。

 アメリカのお墓に来るのは初めてだ。広くて日本のお墓よりもあっけらかんとしている。だけど、線香の匂いこそないものの、それでも日本と同じお墓の匂いがする気がした。枯れた植物の匂いだ。
 真昼の、だだっ広く見通しの良いお墓には他に人影がなかった。このどこかにブルースは眠っている。

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ジャン ボードリヤール
紀伊國屋書店