西海岸旅行記2014夏(18):6月9日:ポートランド、丘の上の病院、騒々しいフレンチレストラン
公園の途中に現れたポートランド美術館は休みだった。それではと、僕達は目的地を改めて山の上にあるオレゴン健康科学大学を目指すことにした。特に大学には用がないというか、ほとんど病院みたいなところなので行っても仕方がないのだが、麓から大学までエアリアル・トラムという片道3分程度のロープウェイが走っている。僕はこういう空中移動に類するものが好きなので、このエアリアル・トラムに乗りたかったのと、山の上からの展望はきっと良いに違いないという思惑があった。正直なところ、実質2日目にして他に行きたいところがないということもあった。街のそこここにあるという小さいこだわりのお店みたいなものには、あまり興味が無いし、街は昨日散々歩き回った。ちょっと気になる公共施設みたいなところは5時くらいに閉まるので、今から行くには遅すぎる。
公園にある駅の一つでストリートカーに乗って、そのままロープウェイの出ているところまで行くはずが、間違えて一つ手前の駅で降りてしまい一駅だけ歩くことにした。オレゴン健康科学大学のある場所は、街の中心部からは少し離れているので、景色が幾分違って広々している。周囲を眺めながら歩いていると、「どけっ、ここは自転車道だ!」と怒鳴りながらロードバイクに乗ったおじさんが僕達の後ろから突っ込んできた。かなりの勢いと剣幕でクミコは心臓が口から飛び出そうになる。僕達が悪いには違いないが、DIYの街で自転車に乗っているからと言って善良な人だとは限らない。
この周辺はまだ開発途中みたいで、大きな作りかけの道路と、比較的大きくて近代的な建物、そこを流れるエアリアル・トラムの組み合わせは少しだけ未来的だ。エアリアル・トラムの駅には自転車駐輪場が併設されていて、乗り場と駐輪場の距離も実に近い。もちろん、ストリートカーの駅もすぐ目と鼻の先だ。交通に関してこの街はとても良くできている。ただ、エアリアル・トラムは一日乗車券のカバー外で、僕達はクレジットカードを券売機に差し込んで二人分のチケットを買った。アメリカの自動販売機の類は得てしてクレジットカードの使用が前提になっている。コインや紙幣が使えるとしても、ずいぶん限定的だ。日本にいても、小銭を数えたりしているとき早く全部電子マネーに移行すればいいのにと思うけれど、アメリカでは小銭は実質機能していない。小銭単位のお金は数えるのが面倒な上に価値密度が低いので誰もまともに取り合わない。自然と「釣りは要らない」となる。
エアリアル・トラムは、観光用のロープウェイではなくて大学並びに大学病院と麓を結ぶ重要な日常交通路だ。なので乗っている人は大抵が学生とか病院関係者で、5分間隔くらいで運行されているのに大体いつも満員のようだった。20人くらいの人を載せた、シルバーの丸いロープウェイは、ゆっくりと地面から遠ざかる。ロープの傾斜が変わる部分で思っていたより大きく機体が揺れたのでびっくりする。ちょっと怖い。登るにつれて視界が開け、ポートランドの街並みが遠くまで。ウィラメット川に掛かる大きな橋。ずっと遠くには半分雲に隠れたマウントフット。残念ながら雪を冠しているであろう頂上付近は見えない。真下に目を落とすと家の庭で犬が日向ぼっこしている。きれいな街だ。きれいな街だが午後の気だるい明るさに包まれて、街はなんだか寂しく見えた。
3分なんてあっという間で、すぐに病院の入り口へ着いた。降りるとそこは病院なので、このまま回れ右をして帰るか、あるいは病院に入るしかない。せっかくなのでちょっと病院に入ってみると、結構な大病院で、廊下の壁などに掛けられたアートのクオリティが結構高い。付け焼き刃な感じがしない。
展望台で、こちらも観光らしいインド人一家に混じってまた景色を眺めてから、エアリアル・トラムに再び乗って麓へ戻った。
ストリートカーへ乗り換えて、昨日前を通るだけ通ったアイスクリーム屋「Salt&Straw」へ行くと、今日は少ししか待っている人がいなかったのでアイスクリームを買って食べる。それからパール・ディストリクトをウロウロした後、昨日一瞬しか入らなかったパウェルズへ入って本をあれこれと見る。多少大きめではあるが、まあ本屋だった。全然見当たらないので「物理学の本はどこか」とカウンターで訊くと、どうやら隣にある別の建物が科学の本を扱っているようだった。基本的に一般向けの本だけで専門的なのはあまり売ってない。
夜ご飯は、クミコが「Le Pigeon」というフレンチの店を予約していた。なんとかの最優秀レストラン賞にも輝いたという有名店らしい。エースホテルからはウィラメット川を渡った反対側にある。ホテルで一息ついた後、バスに乗ってレストランまであっという間だった。小さな店の中は人が一杯いて活気に溢れている。大きなテーブルの相席で、クミコが壁側に、僕はカウンター側に座った。向い合って話すには少し距離が遠くて、隣の人とは近すぎる。大賑わいの店内はうるさいので会話するのには相当なエネルギーが必要だ。人を入れすぎている。そしてクミコの注文した鴨料理のソースが濃すぎた。文句を言おうかと思ったが、作り直してもらって食べる気分でもなかったので、そのまま下げてもらう。
ホテルまでは歩いてもすぐなので、帰りは歩くことにした。夜の大きな橋を歩いて渡るのは気分がいい。川を吹き渡る風がウィンドブレーカーを着ていても肌寒い。橋の向こうには「PORTLAND old town」と書いたネオンサインが見えて、僕は写真を撮った。
橋を渡り終えると、そこはネオンサインの真下で、ビルの外壁に沿ってたくさんのホームレスが眠っていた。隣のビルにはパトカーが来ていて、表にいる人もなんだか物々しい。どうしてそこに立っているのか、壁際で直立した黒人の男がやけに丁寧にグッド・イブニングと言った。
夜の通りは人がいない。
1軒だけ音楽がうるさく漏れている店があって、そこには若者が集まっているようだった。遠くの方から叫び声を上げる若者のグループが歩いてきて、たぶんこの店を目指しているのだろう。「なんか、あんまり良い所じゃないね、怖い」とクミコが言った。僕もあまりいい気分はしなかった。映画でよく見るような、やっと誤解も解けて決心もついて恋人にプロポーズしようとポケットに入れた指輪がゴロツキに襲われて奪われてしまうような雰囲気の道路だった。
ホテルについて、シャワーを浴びて、すこしのんびり過ごす。
ホテルというのは素敵な施設だ。
Le Pigeon: Cooking at the Dirty Bird | |
Ten Speed Press |