西はりま天文台訪問記02;なゆた望遠鏡


 M82銀河の中にぼんやりと見える光点は、なんと超新星ということだった。
 超新星爆発
 僕が見ているのは、1200万光年の彼方、僕達が住んでいるのとは別の銀河での星の最後だ。
 写真でも映像でもない。網膜に届いたその光子は、1200万光年を旅してきた、1200万年前のとんでもない大爆発のカケラで、それを「なゆた」望遠鏡がかき集めて目に運んでくれた。
 たった今、1200万年前に、すごいことが起きている。
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 前回、西はりま天文台を訪ねた、その心境みたいなものを中心に書きました。
 今回は、観望会のことを、訪問記らしく紀行文調で書きたいと思います。

 宿泊者観望会は19時30分からということだったけれど、19時前からなんだかソワソワして落ち着かない。夕方までポツリポツリとしていた小雨は、幸いにも上がっているようだった。とはいえ、空はきっとまだ曇天だろう。望遠鏡は、「なゆた」は動かしてもらえるだろうか。天候が悪い場合、観望会は研究員の方のお話会になるらしい。それはそれで楽しそうだが、どうせならやっぱり「なゆた」を覗いてみたいと思う。

 家にはないテレビを珍しがって点けて、画面の向こうで読まれるニュースは何の話だか、まったく聞きもせずに僕達はコートを着てマフラーをグルグルと巻いた。「外はとても暗いので懐中電灯をお持ち下さい」と、部屋には懐中電灯が用意されていたけれど、コートのポケットにはすでにスノーピークのライトが入っている。
 もちろん外は暗い。
 なんてったって、ここは天文台なのだ。

 スニーカーの紐を結んで外へ出ると、本当に外は暗かった。期待を込めて見上げた空へ、見える星はほんのわずか。寒くて、暗くて、星も見えず、でもやっぱり天文台にいるという高揚感が静かに背骨を登って行く。ロッジから小高い丘の上、2つ並んだ天文台のシルエットを目指して僕達は歩く。

天文台北館の横を抜け、「なゆた」の設置されている南館へ。建物の灯りが玄関に落ちていて、すこしホッとする。どこからか金属音のような、虫の鳴き声のような音が、周期的にずっと鳴っていて、ここがただの建物ではなくて、特別な機能を備えた施設であることを象徴しているようだ。
 僕達の他に、人は見当たらなかった。ロッジでは隣の部屋にも人がいるようだったけれど、その人達は来ないのだろうか。

 南館の入り口を入ると、青い色のダウンジャケットを着た男の人が僕達を迎えてくれた。胸元で目立つワッペンには「NASA」と書かれている。

「もう一組来られるようなので、少しお待ちください」

この方が、この日の観望会でいろいろな話をして下さる鳴沢真也さんだった。鳴沢さんが、実は地球外知的生命探査の第一人者であるということを、この時はまったく知らず。それどころか、この後観望会が始まると、冗談の連発だったので、NASAのワッペンもあいまり、しばらく僕は鳴沢さんのことをプロの研究者だとは思っていませんでした。
 しかし、観望会が進むにつれて、冗談でサラッと覆われた鳴沢さんの豊富な知識と鮮やかな説明ぶりに感銘を受けるようになっていきます。

 もう一組の人達が来るのを待つ短い間、展示室の中を見ていると、雲の動きや天体をモニターした画面がいくつか壁に掛かっていて、素直にかっこいいなと思う。
 やっぱり科学はかっこいい。
 そう思っていると、すぐにもう一組の人達がやって来た。ロッジで隣の部屋に泊まっている人達だった。
「では」と鳴沢さんに案内していただき、みんなでエレベーターに乗り込む。
 どうやら無事、観望会は行われる。
「なゆた」望遠鏡のある3階までエレベーターは上がっていく。
 いよいよだ。

 エレベーターを出て、少し歩いたコントロールルームの隣に、なゆた望遠鏡への扉がある。嬉しいことに僕は扉を開く係りをやらせてもらった。ただ扉を開けるだけのことだけど、こういうのはとても嬉しい。

 扉を開くと、蛍光灯の白い光の中、「なゆた」は真っ直ぐに立っていた。
 大きくて、しっかりとした造形。
 灯りを消すまでのあいだは自由に撮影して良いということだったけれど、エキサイトしていたのと、「なゆた」が大きくてiPhoneの画角に収めにくかったのもあって、僕ははこのときロクな写真を撮ることができなかった。

「なゆた」のある部屋と、コントロールルームは音声でも繋がっている。こちらの声はマイクで拾われて向こう、つまり「なゆた君」に届き、「なゆた君」の声はスピーカーでこちらへ届く。
鳴沢さんと「なゆた君」が話をして、部屋の屋根が開き、望遠鏡のカバーも開き、照明が落ちて観測体制が整う。カッコいい。完全にクールだ。開いた天井越しに見える星空は、天候がそれほど良くないとはいうものの、普段僕が街中から目にするものよりずっときれいだった。

「次の雲が近づいているので、ちょっと急ぎ目に見るもの見た方がいいと思います」

 空の様子をモニターしてくれている「なゆた君」が教えてくれて、僕達の"天体観測"は始まった。

最初に見せて頂いたのは、やっぱり月でした。
望遠鏡の、大きくて重たいはずの躯体が、スムーズに完璧な精度で動いて月を捉える。
 巨大な望遠鏡に設けられた、小さな接眼部を覗き込むと、そこには地球の大気にやや揺らぐ月の表面が大きく写っていた。僕達が毎晩のように見上げている月の、その実ぜんぜん見えていない細部。
 かつて僕が持っていた小さな望遠鏡とは違い、「なゆた」には追尾装置が当然付いている。だから、地球が動いているにも関わらず、望遠鏡に見える月の部位は微動だにしない。

 まだ気楽に月へも行けないけれど、人類の科学も木と石からはじめて遠くまで来たのだ。
 じっと静止しているようにしか見えない巨大な望遠鏡は、地球の回転に伴い、計算に合わせ、精密に制御されて動いている。制御系のプログラム、ベアリングや歯車、軸の精度。構造体の剛性。僕の思いも寄らぬ、ありとあらゆる部分がキチンと作られてはじめて巨大望遠鏡による天体の追尾は実現する。
 光学系の精密さは言うまでもない。「なゆた」の直径2メートルの主鏡は数千万分の一ミリの精度で磨かれている。
 そんなハイテクの隣で、僕達は気楽に星を眺めて冗談を言うのだ。21世紀はちゃんとやって来てるのかもしれない。

 このあと、木星や、冒頭に書いたM82銀河の超新星、その他たくさんの天体を見せていただきました。
 僕の頭の中は、半分は地球から遙か遠くの世界へ飛んでいき、半分は「なゆた」自体の制御系が行っている計算のことを想像して、2つに分裂していた。

 天文台の入り口で聞こえた周期的な音が、この部屋の中でもずっと聞こえていたので、一体何の音なのか鳴沢さんにお聞きすると、赤外線カメラを冷やす冷却装置のコンプレッサの音だった。
 僕達はこの日、「なゆた」に設けられた接眼部から直接星々の姿を見たわけだけど、多分これはかなり特殊なことだ(写真中央がなゆたの接眼部です)。

 僕は天文学のことを全然知らないものの、誤解を恐れずに書いてしまうと、きっとこのレベルの望遠鏡に直接肉眼で覗く部品を付けるのは滅茶苦茶に「趣味的」なのではないだろうか。

 なぜなら、折角の高性能望遠鏡で集めた光を、見える周波数の限定された人間の目なんかで覗いても仕方ないからだ。それは折角集めた光の持つ情報の多くを捨ててしまうことを意味する。たとえば僕達の目には赤外線は見えない。でも赤外線カメラなら見える(*1)。
 さらに、肉眼で覗いていては録画もできないわけだから、研究という枠組みで考えるならほとんど意味がない。

 それでも「なゆた」が肉眼で覗けるようにデザインされているというのは、西はりま天文台のスタンスを象徴しているように思う。
 どうして、わざわざ肉眼で覗けるようになっているのだろう。
 それは、もしかしたら”僕達素人”が覗けるようにではないだろうか。僕達は、映像でも写真でもデータでもなく、やっぱりまず「ナマの」星を見たいと、どうしても思う。そんな僕達の為に、「なゆた」の接眼部はあるのではないだろうか。
 ここは、きっととても開かれた天文台なのだ。
 宇宙に対してだけでなく、僕達に対しても。

 せっかく説明して頂いた細部は、実はもう良く覚えていない。
 でも、覗き込んだ星々の光と、見上げた宇宙空間と、ファニーだけど的確な鳴沢さんの宇宙ガイドは、記憶というよりも手触りのように脳裏へ刻まれ、僕は自分が日本というより地球というより「宇宙」に住んでいるのだという事実を再認識した。
 やっぱり、こうでなくちゃ。
 
(*1)最近は性能が上がって余計なものが映らないようになっているかもしれませんが、少なくとも数年前までのデジカメは赤外にも感度がありました。だから、赤外線リモコンのボタンなどを押しながら、その発信部をデジカメの画面で見てみると、確かに発信部から光が出ていることが確認できます。念の為ですが、見えているのは赤外線の「色」ではありません。 


西はりま天文台のサイト: http://www.nhao.jp/