西海岸旅行記2014夏(26):6月12日:ジェームズ・タウン、Back to The Jamestown


 地平線を遠く見やる微かな建物の影から、上がって来る月がびっくりするくらい大きい。ETの自転車シルエットもあながち大袈裟ではないな、というのは大袈裟だけど、荒野の月はこれまでに見たいつの月よりも大きかった。サンフランシスコを出た僕達は、もう2時間近く東へ向かい車を走らせている。バックミラーには夕暮れの名残が紫色に映っていて、暗い山岳地帯へ向かう寂しさに拍車を掛ける。よその国で、夜にど田舎を走るのはちょっとだけソワソワして、そして心地良い。
 この心地良さには説明が必要かも知れない。
 たとえて言えば、それは長靴を履いて水溜りを歩くのに似ている。「テクノロジーに守られている」という感覚だ。
 車もあまり通らない、真っ暗な荒野の道を、頼れるのは赤いフォルクスワーゲンだけ。もしもここで故障でもしようものなら、僕達は立ち往生して明かりまで失う。外には何か外敵がいるかもしれないし、エアコンが止まれば不快なのは確実だ。けれど、下から2番目ランクのレンタカーであろうとも、僕はこの車を信頼している。現代のテクノロジーを信頼している。ここでぶっ壊れて立ち往生なんてことにはならない。この暗い荒野を、時速百何十キロかでグングン進むのだ。金属のボディとガラスで外界から守られている。砂埃も虫も雨もここへは入って来れない。ガソリンを燃やすエンジンは僕達をどこまでも運んでくれる。ヘッドライトは闇を切り裂き視界を提供してくれる。外が暑かろうが寒かろうがエアコンは室温を快適に保ってくれる。
 テクノロジーに守られている。
 嵐を渡る船のように。深海を探る潜水艦のように。月へ飛ぶロケットのように。
 人類の積み重ねたテクノロジーが、僕達を守っている。

 アップダウンの激しい、蛇行した道をオートマからマニュアルに切り替え、シフトダウンしてコーナーに入る。ヘッドライトにちらっと入ったのは何かの轢死体だ。ペタンコのそれが何の死体だったのかはわからない。スカンクだったかもしれない。僕達を守るテクノロジーは、同時に僕達でないものを殺す。
 ロードキルを4つ数えた頃、目的の町へ辿り着いた。

 今夜の宿は、ジェームズ・タウンという小さな町の、"Jamestown Railtown Motel"という小さなモーテル。
 ジェームズ・タウンという町の存在も、このモーテルの存在も、昨日ネットで調べるまで知らなかった。サンフランシスコとヨセミテ国立公園の間にある場所で、ヨセミテよりの町に宿を探していて見付けた。単に眠るための宿だから、ある程度治安の悪くない町の、ある程度清潔な宿ならどこでも良かった。

 ジェームズ・タウンらしき集落に到着したのは、22時前だったと思う。ほとんど車の通らない国道から町へ入ると、そこは真っ暗だった。道路沿いに建っている家だか店だかにも、明かりは付いていない。ゴーストタウンのように暗くて人がいない。

「この町だよね? えらく暗いけれど」

「うん、そのはず」クミコがグーグルマップを確認する。

「まさか町の夜が早すぎてモーテルも既に閉まってたり」

「そんなことはないと思うけど、2つ向こうのコーナーを右に入ったらあるみたい」

 2つ向こうのコーナーまでは、相変わらず町に人の気配も光もない。しかし、コーナーを曲がると、そこだけ明かりが付いていた。"Jamestown Railtown Motel FREE Wi-Fi"。ほっとする。それなりに広々した駐車場には、少ししか車が止まっていない。トランクから荷物を下ろして、フロントまで歩くと女の子が2人、外に置いてあるテーブルで何かを食べていた。
 何度か呼んで、ようやく出てきてくれたモーテルの人は、マイケル・J・フォックスに似た小柄なおじさんだった。ヨレヨレの白いTシャツとボサボサの頭を見るに、どうやら寝ていたに違いない。

「あー、どうもこんばんわ。今日は君たちが最後のお客さんだよ。旅で疲れていると思うから簡単に済まそう。これに、ちょっと、名前だけでいいから書いてくれる」

「えっ、名前だけでいいんですか?」

「いいよ、簡単に済ませよう。これが鍵で、部屋番号は18。入ってすぐの建物の2階だから。じゃあおやすみ! ゆっくりして!」

 ところが、言われた場所の部屋番号は18ではなくて、僕達はしばらくあちこちをウロウロする羽目になった。もう一度フロントへ行くと、「あっ、ごめん、ぼーっとしてた。一番奥の建物、そこの2階だった。ごめんごめん」

 部屋は広くて快適だった。よく映画やドラマに出てくるモーテルよりも広々している。そして、同じくらい古い。インテリアの古さは、映画でよく見るやつで、テレビはまだブラウン管だった。今日は夜ご飯を食べていないけれど、近くには開いているレストランも、コンビニのような店もないので、昼間にセーフウェイで買ったサンチップスとチョコバーを食べて凌ぐことにした。モスキート音の耳障りなブラウン管テレビを付けて、ベッドの上に広げたスナックを齧りながら、部屋がずいぶん暖かいことに気付く。どうやら急遽購入したパーカーの出番はなさそうだ。ジェームズ・タウンはサンフランシスコよりかなり暑い。

 翌朝10時にチェックアウト。フロントへ行くと、昨日のマイケル・J・フォックス似のおじさんがプールの隣でデカい黒のピックアップを洗っていて、ますます"Back to the future"っぽい。1955年から戻ってきたマーティーが手に入れたあれだ。ビフがワックス掛けておいてくれたやつだ。

「おはよう! チェックアウトは、そこの箱に鍵を放り込んでおいてくれたらそれでいいよ」と、帰りもかなりイージーだ。「ところでどこから来たの?」

「僕達は日本から来ました。これからヨセミテに行きます」

「そうか、安全運転で!」

「ありがとう、いい宿でした」

 僕はマイケルと握手を交わしながらそう言ったのだけど、どうしてか本当にいい宿だった。ここにまた泊まりたいと思った。今度はこのプールでくつろいだり、この何も無さそうな町でゆっくりしたいと思った。
 車に乗ってモーテルを出ると、その想いはますます強くなる。朝の光で見るジェームズ・タウンは小さくても感じのいい町だ。建物のファサードがテーマパークの中みたいに「古き良きアメリカ」になっている。
 ここへはまた来たいと思う。それは日本に帰ってからも同じで、今回の旅行先でもう一度行きたいと思うのは意外なことにジェームズ・タウンだと時折口にしていた。そして、今、まさに今の今、これを書きながら調べたところ、ジェームズ・タウンはゴールドラッシュと蒸気機関車で有名な歴史保存の町で、さらに、なんと"Back to The Future part3"のロケ地でもあった。"Back to The Future"は僕が一番好きな映画だ。だからこの町をこんなに好きだと思ったのだろうか。だからモーテルの人がマイケルみたいに見えたのだろうか。ロケ地のすぐ傍まで行っておきながら気付かなかったなんて、本当に悔しい。なんてことだ。
 この町へはいつかまた行く。
 今回、僕達はジェームズ・タウンをただの宿としか見ておらず、気分は次の目的地ヨセミテ国立公園へまっしぐらだった。サングラスかけて、日焼け止め塗って、空腹を抱えた僕達はアクセルぐんと、ジェームズ・タウンを後にした。

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