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FBI

「FBI!」と男は叫んで、小走りに、何か手帳のようなものを掲げた。レストランの店員は戸惑ってカクンと一つお辞儀をして、男を走るに任せた。そんなわけがないと思い、僕は男の足を引っ掛けて転ばしてやった。男は素早く立ち上がると「オレはFBIだぞ、何をする。犯人が逃げるだろ」と、また素早く駆け出そうとしたので、僕はこちらも負けじと素早く腕を取り、合気道の三教を決め地面に倒して抑えつけてやった。「ただの食い逃げだろ」と僕は言った。男は「FBI、FBI、日本語良くできない、捜査中、ヘルプ、日本の皆さんヘルプ、プリーズ、私はトモダチです」と喚きながらジタバタした。誰かが僕の脇腹を強く蹴った。と、日本の皆さんがどんどんと集まってきて、僕の周囲を取り囲み殴る蹴るの暴行を加え始めた。
「さあ、FBIさん、どうぞ犯人を追いかけて下さい、こいつは我々に任せてください」
 男は逃げ出し、僕は日本の皆さんに捕らえられた。日本の皆さんは「オレは今あのFBIに協力している。あのアメリカのFBIに」という喜びに輝いていた。僕は「ちょっと待って下さい、FBIなわけないじゃないですか、だいたいあの変な手帳なんですか、あなた達は本当のFBIかどうか分かるんですか」と言ったが、彼らはアメリカのFBIに協力しているという歓喜に満たされていて聞く耳を持たなかった。
「FBIさんをそんなに疑う前に、じゃあお前は自分のこと証明できるのか、だいたい、身分証明書見せてみろよ」
「いや、FBIかどうかを疑うのと、僕が身分を証明することは別の話じゃないですか」
「そんなことはない、人を疑うなら自分のことは証明してからだ」
「それは理屈にも何にもなっていない」
 それは理屈にも何にもなっていないが、しかし理屈になっている必要もなかった。あれば良いのは大義名分であり、あとでこれがただの食い逃げであったと綺麗に判明しても、彼らは「あの時はそうはとても思えなかった。私はただ正義感から行動したまでなのです。私は偽物のFBIをFBIと分からない馬鹿でした、阿呆でした。私の出すぎた正義感と無能を、裁くとおっしゃるならどうぞお裁き下さい、時に正義と無能は罪です。罪ならば、罰は、受けて、また然り」とでも言って、しおらしく頭を垂れれば良いとわかっているのだ。今はただ、FBIを助ける勇敢な民衆という役割を演じ、その言い訳のもとで一人の人間を取り囲み凶弾していればそれで良かった。

ギルデンスターン
「幸せにも幸せすぎないというところで。幸運の女神の肩におぶさってというわけにはまいりませぬ」

ハムレット
「といって、その踵に踏みにじられるというほどのこともあるまい」

ローゼンクランツ
「まさか、そのようなことも」

ハムレット
「それなら、女神の、ちょうど腰のあたりにしがみついて、ご利益の半分くらいで、ちょうど、ほどよく満足しているというわけだな」