100bunny.

 午前中に新しい研究方針がはっきりしたので気分がいい。相当大変な計算になる。本当は1年くらいかかりそうだけど、時間がないのでなんとか半年で仕上げたい。
 大学の、いつも僕が使っている出入り口に変な虫がいたのでしばらく眺めて、写真を撮ったりする。研究室に戻ってOに「変な虫がいた」と写真を見せると、Oもこの虫を見たことがないらしく、すぐに自慢の一眼デジカメを取り出して「まだいそうなら見に行きたい」と言う。虫なんてすぐにどこかへ行くに違いなので、僕達は慌てて研究室を出て、ちょうど違う部屋から出てきたMちゃんへの挨拶もそこそこにエレベーターに飛び乗る。
 虫はやっぱりもういなかった。こういうときは虫の気分になるに限る。最後に虫がいた場所に、自分が虫の習性を備えた存在としていたのならどっちへ行くのか考える。なるべく暗くて狭い方へ。僕は植え込みの淵に沿って虫が移動したに違いないと思ったので、淵に溜まっている枯葉を木の枝で取り除いてみた。するとしばらく進むうちに虫は出てきて、僕達は喜んで変な虫の写真を撮った。通りがかる人は奇妙な顔をして見ていたけれど。
 虫は結局オオヒラタシデムシの幼虫でした。珍しい虫ではないです。でも、僕ははじめて見た。虫なんて別に好きではないし、この幼虫もフナ虫みたいな気持ち悪い虫なのですが、でもしぐさがなんというか思慮深げというか、頭をもたげてしばらく考えてから歩き出したり、なんとなく好感の持てる虫でした。

 夕方、チェコ(メイン)の雑貨屋さんDOMAによってから、府立図書館へ行って「おくびょううさぎ」と百人一首のことを調べる。
 おくびょううさぎというのは僕が幼稚園のときにやった劇なのですが、別にオリジナルでもなんでもなくて、紙芝居にも絵本にもなっている有名な話です。もともと仏教の説話か何かだと思う。先日ふとおくびょううさぎのことを思い出して、ただストーリーが思い出せないのでネットで検索すると、たくさんヒットはするのですが、どうにも僕のやった劇とは感じが違うのです。なぜなら僕はおとうさんうさぎの役だったのですが、おくびょううさぎにはおとうさんうさぎなんて出てこないからです。気になったので母親にメールをしてみたけれど、案の定「ごめん全然覚えてない」とのことで、謎は深まるばかりです。
 そこで、昨日は図書館でおくびょううさぎの絵本と紙芝居を当たったのですが、それぞれ一つしかなくて、話の内容はネットにあるのと同じものだった。僕が幼稚園でやったのは若干の脚色が入っていたんだろうか。もしもどなたかおとうさんうさぎの出てくるおくびょううさぎの話を知っている方があればご一報いただけるとうれしいです。谷を跳び越すとかそういう話だったような気がします。

 百人一首は、以前にも書いた「ならべると地図になる」という話のことで、この説を唱える林直道教授の「百人一首の秘密−驚異の歌織物」を借りに行ったわけですが、ついでに織田正吉氏の「絢爛たる暗号−百人一首の謎をとく」も借りてみる。略歴によるとこの織田氏は肩書きが「笑い、ユーモア、言語遊戯研究家」となっていて不思議な感じがするけれど、この絢爛たる暗号はとても面白かった。とても面白いと言っても、僕は百人一首の本なんてゆっくり読んでいる場合じゃないのでかなり内容の詰まった2冊を30分で読むという資料のような読み方しかしていませんが、和歌に対するイメージは大きく変わりました。

 特に「絢爛たる暗号」は色々な和歌を紹介していて非常に興味深い。
 僕は和歌というのは一首ごとに見るものだと思っていたのですが、なんと昔の歌人はまとめて100個とか歌を読み、そして全体の構成でうまいかどうかを判断していたようなのです。たとえば、31首の歌を詠み、並べて見ると各歌の最初の一文字で新しく一つの和歌ができていて、さらに各歌の最後の一文字を並べても歌が一つできている、という具合です。どれくらいの時間をかけて作るのかしりませんが、これを即興でやっていたのなら驚愕するほかない。
 だから、歌をその一首だけで判断するのは間違っている。それが他の歌とどういう関係にあるのか、ということがとても大事な要素だ。

 林氏、織田氏ともに、百人一首を一幅の絵のように並べて、その配列によて浮かび上がる新たな意味を見付けたというのは同じです。林氏はその歌織物は後鳥羽院との思い出の地、水無瀬の里を地形的に描いたものだ、と言い。織田氏は、良く分からないけれど、後鳥羽院と、あと定家と噂のあった式子内親王のことを読み込んだものだと言う。

 百人一首は、稀有の天才、藤原定家が選んだにしては下らない歌が多いことが長らくの謎とされ、一時期は定家の選ではないのではないか、という説が多く出ていた。今では資料からほぼ定家の選であることは確定している。定家は構成を重視して、一部の歌のクオリティは犠牲にしたのだ。

 ここで、百人一首に含まれる歌を4つ書いてみます。

 君がためをしからざりし命さへながくもがなと思ひけるかな

 秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ

 田子の浦にうちいでてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

 君がため春の野にいでて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ

 もう一目瞭然ですが、4つ目の歌は先の3つの歌の部分をつなげたものになっています。百人一首というのは基本的にこういうものすごい構造になっているわけです。それも、全ての歌を定家が作ったというのであればまだ分かるけれど、定家は自分の歌を一個入れただけで、他は全部鎌倉時代までに詠まれた歌を集めてきて、ちょうどこういうふうなことが起きるように歌を選んだわけです。当然ネットもパソコンもない時代に。驚異的な知性と教養の持ち主だったことは疑いようがない。

 定家自身の歌、

 来ぬ人をまつほの浦の夕凪にやくや藻塩の身もこがれつつ

 にしても、「海辺の光景」「恋しい心」「火」の3つが重なりあうように読み込まれていて、さらにその3つは互いを修飾するように関連しているので深さは3重にとどまらず、そのうえなんとこれは万葉集にある歌と古今集にある歌の2つを本歌取りして合成したものなので、はっきりいってもう有り得ないくらいの絡まりをみせる歌となっている。奇跡みたいによくできている。天才だとしか形容できない。

 スーパーマーケットへ行くと偶然Pに会う。ここしばらくで偶然Pに会うのは4回目なのでとても驚くとともに、なんとなく自然なことのような気分にもなる。

 夜、街乗り用でいいやと思って一時はセンタースタンドまで付けようかと思っていたBMXでちょっと遊ぶと、楽しくて街乗り用にする考えは一気に吹き飛んだ。普通の高さにしていたサドルも邪魔で仕方ないので下げることにする。通学のときはサドルを上げたほうが楽なのでクイックに変えてもいいかもしれない。もしくはシートバックを買って六角を常備するか。グリップも僕の手にはなじまないので早急に交換して、手に豆ができているとAが嫌がるのでグローブも買うことにする。後輪のハブもペグで直止めという変なことになっているのだけど、締め付けるときにトルク管理し難いのでアクスルナットも付けた方がいいかもしれない。あと街乗りにはライトが必要だけど、今のキャットアイのライトは衝撃でおかしなことになるので、もっと軽くて小さいのを買おうと思う。あと、バニーホップしてもずれないようにちゃんとしたバックパックも必要だし、なんだかんだいって出費がかさみそうです。
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