アボガドを切り刻むチョッパー・ベイビー。

2月20日月曜日

 夕方に何故かOと第二次世界大戦、ひいてはアメリカの話になった。

 「日本は原爆落とされたのにアメリカ好きだけど、その辺りが僕には理解できない」

 僕は別に日本人がアメリカの文化を好んでもアメリカ政府を好んではいないこと、GHQが戦後に行った日本人に対する教育のこと、なんかを話したけれど、当然英語でうまくは言えない。日本人が屈折した心理をアメリカに対して抱いていることは事実だと思うけれど、その屈折について僕はうまく話せない。

 彼が日本の歴史についてかなり良く知っていることに驚いた。それも単に知っているというのではなくて、あまり歴史に興味がなくて、教科書の教える歴史しか知らない、というような日本人よりも遥かに複雑な知識を持っていた。僕も一冊くらいはOの国に関する本を読もうと思う。
 歴史についてはわからないことが多い。作る会の教科書や「教科書の教えない歴史」みたいな本が出てきたり、色々な人が色々なことを言って、結局何が本当なのか僕には分からない。

 結局、僕もOも、アメリカの文化や人々は受け入れられるけれど、政府は訳が分からない、ということで意見は一致した。
 どこの国だって同じことだけど、政府が気に入らないからと言って、その国の国民まで嫌いになることはない。本当は国なんてないのだ。どこの国ではみんな何々だ、といった文脈はとても気を付けて読まなくてはいけないとおもう。

 夜は風邪から回復したAちゃんと御飯を食べに行った。
 ちょっと御飯のつもりが、ちょっとしたコース料理になったけれど、とてもおいしかった。彼女は髪を切って、つい先日見た「さらば青春の光」に出てくるヒロインというか、単に主人公を振り回すだけの女の子みたいになっていた。


2月21日火曜日

 連絡が欲しい、と実家に電話があったようなので、バイトの前に高校の同級生のK君に8年ぶりくらいで電話をする。
 バイトのあと、夜の11時くらいから高校の同級生のMくんとご飯を食べに行く。電話で約束したときは、M君とも今日が8年ぶりくらいの再会になるはずだったけれど、その電話のあと、異常なことに先日Sちゃんのパーティーで偶然再会したので、今日は2週間ぶりにあっただけことになる。
 いろいろ話をしているとお店が閉って、僕らは追い出される形で帰った。
 今や遠い過去の人となった人々が、そのうちいつかどこかでまた繋がってくるみたいで、人生というのはへんてこなものだと思った。