読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

西海岸旅行記2014夏(31):6月14日:ハリウッド、光の粒子と意外なコンプレックス

西海岸旅行記

 モールを出た後、パンダ・エクスプレスで中華をテイクアウトしてモーテルへ戻った。食べ終えてから飲み物が足りないことに気付いて、建物の出入口にあった自動販売機へ水を買いに行くことにした。1ドル札かクォーターしか使えないのに1ドル札は全くなかったので、ゴミ扱いしていたコインを引っ掻き回してクォーターを集めて買いに行く。しかし自動販売機は「故障中」だった。案内によれば、モーテル内には3つの自動販売機があるということなので、別の自動販売機へ行くとここも「故障中」。なんだか嫌な予感がする。ホテルの部屋履きにしているビーチサンダルでペタペタと音を立てながら3つ目の自動販売機へ来ると「交換中」だった。ひどい国だ。
 モーテルから通りを渡ると24時間営業のマクドナルドがあるので、そこで飲み物を買えないこともないけれど、面倒なので飲み物は我慢することにした。

 翌朝、起きてまずダイニングまで朝食を食べに行く。セルフサービスの無料朝食だったので期待していなかったけれど、飲み物も食べ物もハイクオリティではないものの種類が豊富でちょっとワクワクする。こういうとき大手のチェーン展開しているところはいいなと思う。二人共喉が乾いたまま寝たので、クランベリージュースやコーヒーをゴクゴク飲んだ。
 ダイニングのテレビではワールドカップでどこかの国とどこかの国が試合をしていて、朝食時間終了間際の人もまばらなダイニングでは、疲れた旅行者達が静かに好き放題取ってきた朝食を食べている。午前の明るい日差しが大きな窓から差し込み、部屋の中は白く輝いている。外ではもう子供たちがプールではしゃいでいる。

 ベストウエスタンを出た僕達は、スターバックスでアイスコーヒーを買ってフリーウェイに乗った。サンタバーバラで昼下がりにランチを取り、それからなるべく海岸沿いを南下して行く。
 景色が、圧倒的な「カリフォルニア!!!」になる。
 これだ、僕はこういうところに来たかったのだ!
 カーラジオが最新のヒットチャートを流していて、ちょっとだけボリューム上げて、真っ青快晴の下、右手にスカッと太平洋を、左手に立ち並ぶ豪邸を眺めながら、僕達はさらに南へ向かった。

 ビバリーヒルズを抜けて、ウエスト・ハリウッドに着いたのは、夜8時くらいだったろうか。ホテルまでサンセット・ブールバードを東に進む。街の色が、今までに比べてずいぶんクリアな気がした。光の粒子が細かい。ハリウッドに来たという高揚感からだろうか。
 今夜は"The Standerd"というそこそこのホテルを取った。ホテルの正面で車を下りて、バレーパーキングの係に鍵を渡す。ロビーに入ると、なんというか、そこはスノッブな空間だった。別に内装が悪いわけではない、色々凝っているのは分かる。が、別に宿泊客に喜んでもらおうとか寛いでもらおうという意図でデザインされているわけではない気がした。私達はレベル高いんだぜ、変わってんだぜ、オシャレなんだぜ、金あるんだぜ、ということをホテル利用者に誇示したいだけに見えた。
 揃いも揃って変わった髪型のフロント3人は、オシャレとホテルの格によって自分達を守りたいという雰囲気で僕達に対応した。彼らの後ろには大きなショーケースが埋め込まれていて、その中では女の子が「展示」されている。彼女はガラスの向こうで、まるっきりロビーの様子を気にすることなく、寝っ転がってラップトップに向かったり、iPodで音楽を聞いたりしている。こういうややクレイジーな内装が受けると思っているのだろうし、何か変わったことをしないと気がすまないのだろう。これは嫌ったらしいと言えば嫌ったらしいけれど、魚や動物が閉じ込められているよりはずっといい。ちゃんと給料も払っているだろうし。

 ホテルに出入りする人は、95%の人が圧倒的に着飾っている。今日は何かのパーティーがあるみたいで(もっとも毎日かもしれないけれど)、着飾ったスタイルのいい女の子達が列を成している。肥満大国のアメリカにあって、ハリウッドでは太っている人はほとんどいない。スタイルのいいオシャレな美男美女ばかりが歩いている。人生において一番大事なものはルックスだという価値観とオブセッションでこの辺は動いているのだと一瞬で分かる。他の街と全然雰囲気が違う。

 キーを受け取り、エレベーターで上の階に上がると、廊下は青紫に照らされている。雰囲気は悪くない。
 部屋の内装もポップで青基調の落ち着いた丁寧なものだった。こういうのは好きだ。
 サンセット・ブールバードに面したバルコニーに出ると、街の喧騒が適度に登ってくる。見上げた丘の上には豪邸が立ち並んでいた。いわゆるセレブリティ達はもっと上の方に住んでいるという話だ。

 通りに出て、ウロウロしてみると、どこのレストランも大勢の客で賑わっている。ただ、一歩裏通りは真っ暗でかなり怪しげな感じだった。ずっと歩いていると、いつの間にかスターバックスとかマクドナルドみたいな店が現れて、ついでにトレーダー・ジョーズ(スーパーマーケット)まであったので入って何か買うことにした。それで、きれいな部屋でダラっと散らかして飲み食いするほうが混雑しているレストランで食べるより良かった。

 ただ、僕はこのトレーダー・ジョーズの中でちょっと嫌なものと向き合うことになる。
 寿司やサラダなどの食べ物と、チョコプレッツェルなどのお菓子をカゴに放り込んだ後、最後にお酒を買った。僕はビールが欲しかったのでビールを買おうと思ったのだが、1缶にバラしてあるビールが少ししか売ってなくて、ほとんどが6パックのままになっている。普通なら店員に「6パックはバラしてもいいですよね?」と一応確認するけれど、この日はできなかった。

 なぜなら、自分の英語が恥ずかしいと思ったからだ。
 そんな風に思ったのははじめてだった。
 僕はネイティブ英語信奉者ではない。ブロークンであっても、世界中の色々な人がコミュニケーションをとるのだからそれでいいし、そうあるべきだと思っている。いわゆる国際英語を支持する。なにも非ネイティブだけがネイティブに擦り寄る必要はない。コミュニケーションを取りたいみんなが、互いに少しずつ合わせていけばいい。
 だから、日本でいろんな国の人と英語で話しているときには、自分の英語がまずいのを恥ずかしいと思ったことはあまりない。下手なのは嫌だし、表現できなくてもどかしい思いはするけれど、それは恥とは別の感覚だ。
 でもこの日は、ハリウッドでは、僕は自分の英語が恥ずかしいと思った。
 着飾ったスタイルのいい、本当にお金持ちかどうかは別にしても金持ちっぽく見えることを念頭においた美男美女達のせいだろうか。
 「僕はハリウッドに対してコンプレックスを抱いている」
 まさかとは思ったが、たぶんそうだった。下手な英語はここでは馬鹿にされそうな気がした。ここではきちんとした英語を話す、きちんとした白人に類するルックスの、きちんとお金のある人間以外は認められないというような気がした。
 もちろん、全部僕が勝手にナーバスになって思っただけのことだ。
 でも、ここは僕には関係のない世界だという気が強くした。

 6パックからビールを一つ抜き取って、僕達はレジへ並んだ。

日本人の英語 (岩波新書)
岩波書店