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恋人のシェア;街で声をかけた女の子が彼女のフェイスブック友達である確率

 ものすごく大雑把な計算を寝ながら夢の中でしました。

 京都市の人口:約150万人

 年齢別人口割合を無視して全ての年齢層が同じ割合で存在する、と仮定。年齢の変域を0から100歳として、20代の人口は、
 150万÷10=15万人

 男女比が同じと仮定して、20代の女性は、
 15万÷2=75000人 ----------(A)

 次に、フェイスブックの「友達」が大体みんな平均200人位と仮定して、ある男性の彼女の「友達」の「友達」の数は、
 200 x 200=4万人

 8割が同年代(ここでは20代)と仮定して、その数は、
 4万 x 0.8 = 3万2千人 ≒ 3万人

 ここでも男女比同じとすれば、女性の数は、
 3万 ÷ 2 =1万5千人 -----------(B)

 (A),(B)を比較してみると、両方ともかなりの概算値なので細かいことは取っ払って、「京都のある男性が京都でふらっと20代の女性をナンパしたとき、その女性が彼女のフェイスブック友達のフェイスブック友達である可能性が2割」ということが分かります。

 何度も言いますが、これは超適当な計算で、どれくらい意味があるか分かりません。別に京都の街角にいる女の子が全員京都の住人なわけではないとか、いくらでも補正項目はあります。

 ただ、確実に世界は狭くなりました。

 本題です。
 シェアハウス、シェアオフィス、カーシェアをはじめとした、「所有からシェアへ」という動きが昨今加速的な傾向を見せています。
 たぶん、このまま行くと「恋人」もシェアする時代が来るんじゃないかなと思っています(それに近いことは、キャバクラ等の形態で先に起こっていますが)。

 恋人のシェアというのは、フリーセックスみたいに多少物騒な言葉かもしれません。どうしてそんな物騒なことをいうのかと言うと、情報化社会が発展して個人のプライバシーがめっきり小さくなったからです。 これから間違いなく、全ての人がどこで何をしているのか、お互いに把握できる時代がやってきます。「そんなの嫌だ」という声は大きいでしょうが、それとは関係なしに、みんながみんなの状態を24時間把握している時代はやってきます。なぜなら人類のテクノロジーはそれが可能なレベルに発達したからです。「せっかくできるようになった」ことをしないのは人類の歴史を振り返ってみても、大変難しいことです。

 別にプライバシーなんてなくても、恋人は1人で変わりない、元々何の隠し事もやましいことも変な気持ちもない、という人もいます。
 たぶん、そういう性質の持ち主と、「可能であればこっそり浮気したい」という性質の持ち主の間の二極分化が進むと思います。
 前者と後者の人口割合を僕は知りませんが、ここでは後者に焦点を当てます。

 バレないならこっそり浮気したい、という性質の持ち主は、情報化の発達で「絶対バレる」となったときに、「じゃあ、やめる」の他に、「じゃあ、許してくれる相手を探す」という選択を行います。つまりお互いに束縛しない関係を築く。1対1の関係ではなく、多対多の関係が立ち上がる。
 ひいては現在ドミナントで、まだ如何にも常識だという顔をしている核家族は解体され、ファジーで裾野の広いネットワークのような家族形態が発生します。ここでは子供を「誰が育てなければならないのか」という問題も、母親一人に押し付けられることなくネットワークに包摂される。というか、誰の子供であるかということがそれ程重要ではなくなります。別の言い方をすれば「子供もシェア」され、「親もシェア」される。

 こういう試みは、情報化社会の発達を待つまでもなく、例のフラワーチルドレン達もすでに行ったことかもしれません。もちろん僕達個々の持つ嫉妬や所有欲というのは強力だし、物事は簡単に進まなかったわけですが。日本ではヒッピー達より半世紀も昔、大杉栄が日影茶屋で神近市子に刺されています。

 ただ、今度は社会状況がかつてと大きく異なっていて、近い将来、僕達はプライバシーという隠れ家を失います。これはSNSの普及だけの話ではありません。たとえばAmazonで超小型の蚊にしか見えないようなロボットカメラが簡単に買えて、そういうものが自分の部屋の中にもトイレにも飛んでいて、そこからの映像がジオタグ付きで世界中に流れるような世界が来ます。隠し事が不可能な世界に押されて、「オープンな関係」という選択は、かつてないほど大量に発生します。完全にクリアな人は兎に角、これまで「こっそり」という戦略を採用していた人は「オープン」という新たな選択を迫られる。
 それが果たして良いことか悪いことかは分からないし、僕は嫉妬も所有欲もある人間なので、そうして現れた新しい社会に対してウェルカムと言えるかどうかも分かりません。けれど、近い将来、フリーセックスだかフリーラブだかが強く試みられる時期がもう一度やって来ることは確実です。なぜなら、テクノロジーは世界を変えるし、どうしてか僕達のテクノロジーは「全てをオープンに。統一」というベクトルで動いているからです。