タイムトラベルとは大げさだけど


 真空には本当になんにもないわけではなくて、真空中では常に粒子と反粒子が生成し対消滅している。生成してから消滅するまでの時間が非常に短く、それが至る所で常に起こっているので、僕たちのスケールで見ると均されて何もないように見える。本当は細かなデコボコがたくさんあるのだけど、遠目に見ると滑らかな平面にしか見えない板のようなものだ。
 これはイメージとして掴みやすい話だ。細かいごちゃごちゃが色々あるけれど、ざっと平均してだいたいゼロで、遠目に見たらなんにもない。細かく見たら本当は色々なことが起こっているのだなあ。うん、そうか。という風に。

 真空が実は本物の空っぽではない、というのは少しだけ常識はずれかもしれない。でも言われてみれば納得できて、すぐに新しい常識に組み込むこともできる。新しい豆知識の蓄積というわけだ。

 今日はそんな豆知識から、常識から、もう少しだけ遠くへ行ってみよう。

 不確定性原理という量子力学の言葉は非常に面白い概念なのでよく引用される。どういうことかというと、特定の二つの物理量を同時にカチッと決めることはできない、ということで、たとえばある粒子の「位置と運動量」なんかを両方ちゃんと決めることはできない。<位置の曖昧さ>と<運動量の曖昧さ>を掛けたものは絶対にプランク定数という小さな正の数よりも大きくなる。運動量というのは物体の質量と速度の積のことなので、ざっと”動き”だと考えて構わない。運動量を動きだと言い換えてもう一度書くと<位置の曖昧さ>と<動きの曖昧さ>を掛けるとプランク定数よりも絶対に大きくなるということだ。だからミクロな視点でみると「ある粒子がどこかに完全に静止している」ということはあり得ない。完全に静止しているというのは「位置の曖昧さがゼロであり動きも曖昧さなくかっきりゼロ」ということだし、ゼロ掛けるゼロはゼロでプランク定数よりも小さくなるからだ。そんなことはあり得ない。もしも全くの曖昧さなしに粒子の運動が分かったなら、そのとき粒子の位置の曖昧さは無限大になって宇宙のどこに存在しているか全く分からなくなる。逆に曖昧さ全くなしに粒子の位置が分かるなら、そのとき粒子の動きの曖昧さは無限大になりどういう動きをしているのか全然分からなくなる。なんだか無茶苦茶な話みたいだけど、これは超高精度の実験結果を小数点以下10桁くらいまでピタリと言い当てる魔法みたいな現代物理理論の一部だ。

 今、例として「位置と動きの曖昧さ」を挙げたけれど、他にもコンビネーションはあって、「<時間の曖昧さ>と<エネルギーの曖昧さ>」も不確定性原理の関係にある。だから超短い指定された時間の中ではエネルギーというのはちょっとくらい増えたり減ったりしてもいい。さらにアインシュタインのE=mc^2が指摘するようにエネルギーと質量は同じなので、超短い時間の中では質量がちょっとくらい増減してもいいということで、つまり粒子ができたり消えたりしてもまあいいということで、話を冒頭の真空に戻せば、粒子と反粒子ができたり消えたりしててもいいということです。

 と、実はここまでが枕で、これから本題に入ります。さきほどから粒子とか反粒子とか書いていますが、電子の反粒子陽電子と呼ばれています。電子はマイナスの電荷を持っていて、陽電子はプラスの電荷を持っている。電荷の符号が逆なこと以外はすべての性質が全く同じです。

 さて、やっと写真に載せた図を見ていただくことにしましょう。縦軸のtは時間です。下から上に向かって時間が流れています。横軸のrは位置です。矢印付きの線で示したのは電子の運動で、どの時刻にどの位置に電子があるかということを示しています。

 図を見るとあれっと思うことがあります。a-bの間のことです。aまでは問題ありません。時間の経過に沿って、つまり下から上へ電子が移動しています。b以降も同様です。下から上へ移動しています。ところがa-b間では線が上から下へ書かれてまるで時間が逆行しているように見えます。電子が未来から過去へ進んでいるみたいに見えます。
 おいおい、何をデタラメ描いてるんだ、と言いたくなると思いますが、取り合えず一旦この図で許して下さい。ついでにこのa-b間で「aからbへ電子が時間を逆行して進んでいる」というのを「bからaへ陽電子が時間に沿って進んでいる」と読み換えてみてください。この読み換えはOKですよね。話を分かりやすくするために二つの箱を考えます。箱AとBがあり、それぞれにボールが10あるとします。今Aからボールを一つ取り出してBに入れると結果的にAは9、Bは11になります。もしもこれを元に戻したいなら、まずは時間を戻すということが考えられます。時間を戻すとBからボールが一つAに戻ってまたそれぞれに10づつという状況に戻ります。ただ、別の方法として「マイナスのボール」というへんてこなものを使うことも考えることができます。マイナスのボールは上げると一個増えて、もらうと一個減るので、時間を戻すのではなくAからBにマイナスのボールを一つ移動させることによってもボールを10づつに戻すことができます。つまりここでは「ボールが時間を逆行すること」と「マイナスのボールが時間に沿って移動すること」は同じだということです。つまりaからbへ電子が時間を逆行するのと、電荷が逆の陽電子が時間に沿ってbからaへ進むのは同じだということです。なんか胡散臭いですけれどね。でも状況だけをみるとそういうことですよね。

 これを踏まえて図に戻ります。今度は点線で時間軸を区切ったt1,t2,t3に注目して下さい。時刻t1の時点では電子が一つ見えています。t2の時点では二つの普通の電子と一つの時間を逆に進んでいる電子が、つまり一つの陽電子が見えています。t3では再び電子が一つ見えるきりです。
 これって何かに似ていますよね。
 もう一度書き直しましょう。

 t1: 電子
 t2: 電子 +(陽電子+電子)
 t3: 電子

 まるで電子が一つ飛んでいたら近くに陽電子と電子が生成してすぐに対消滅したみたいだ。真空の中の粒子と反粒子の生成対消滅みたいだ。
 エネルギーと時間が不確定性原理の関係にあるなら限定されたエネルギー下では時間が不確定になるし、その時間の曖昧さに含まれる時間はいつも正だとは限らないかもしれない。とか。そういえば位置と動きだって、位置の曖昧さが小さいなら動きの曖昧さが大きくなって光速だって超えちゃったり。光速を超えるということは過去に進むということだから。あっ電子が過去に進んでもいいかも。とか色々騙されているような辻褄があっているようなことをうっかり考えてしまいますよね。極小の世界には不思議が一杯。

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