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仏教の国へようこそ。あるいはバカボンについて。

 最近知ったことだが、赤塚不二夫天才バカボンというのはサンスクリット語のバギャボンだかなんだかから来ているらしい。そのバギャボンだかなんだかという言葉の意味は覚者、つまり悟りを開いた者であり、僕たちに馴染み深いブッダという言葉と大体は同じ意味のようです。

 バカボンの弟、はじめちゃんは生まれてすぐに言葉を話した天才児ですが、これは生まれてすぐに7歩歩き 天上天下唯我独尊 三界皆苦我当安之 と言ったブッダの誕生を彷彿とさせ、さらにハジメという名前自体もインド哲学者の中村元から取られているとの説があります。

 ブッダの弟子には知恵遅れで数も数えられないチューラパンダカという者がいました。彼は毎日掃除することで悟りを開きます。
 そう、彼がレレレのおじさんのモデルだそうです。

 これはチューラパンダカの話ではなかったような気がしますが、掃除と仏教と言えば以前本屋で面白い絵本を立ち読みしました。ある若い僧侶が掃除をするように言われ、毎日毎日掃除をします。どれだけきれいにしても師匠からは「まだ汚れている」と言われ、その度に「わかりました、もっときれいにしましょう」と応じ、しぶしぶながらも掃除を続けます。
 そんなある日、ならず者が寺へやってきて掃除をしていたこの僧侶をからかいました。何を言ったのかは知らないけれど、汚い言葉で罵ったり、優位な気持ちになりたいとバカにする言葉を吐いたり。
 そういった雑言を浴びせられた僧侶は思わず「はい、きれいにしましょう」と返事をしてしまい、この瞬間に悟りを開きます。

 そういえば映画「ベストキッド」もこういう感じの話でしたね。ミヤギさん(老空手家)に弟子入りしたら毎日掃除させられて、「毎日掃除ばかりじゃないか、空手を教えてくれないならもういい」とダニエル(アメリカ人の少年)は出て行きそうになる。するとミヤギさんは「ちょっと待ちなさい、そこに立ちなさい」と言って少年に殴りかかる。少年はとっさにそれを防御し、その動作が毎日の掃除で身に付いたものだと、掃除の意味を悟る。
 なんて素敵な話だ。

 僕はそんなにバカボンを見ていたわけではないので、どういう話だったのかあまり知らない。けれど、「こーれーでーいいのだー こーれーでいいのだー」という歌は脳裏に染み着いている。

 医者の助言を聞かず、人は死ぬときは死ぬのだからと酒を飲み続けて彼が死んで行ったとき、僕たちは色々なことを感じたのではなかっただろうか。

 赤塚不二夫は実はものすごく幅広い人々に仏教的な影響を与えた漫画家だった。それは良いも悪いも関係なしに、僕達日本人の骨身と血肉になっている。
葬式でもお経でもお寺でもなく、天才バカボンというマンガによって仏教はもっと近くに浸透した。
 「これでいいのだ!」ってさ。

 ハイテクで混沌とした21世紀の日本。
 仏教の国へようこそ。

入門 哲学としての仏教 (講談社現代新書)
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講談社


ブッダ全12巻漫画文庫
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