植物の支える世界のエントロピー

 世界はどんどん豊かになる。
 資本主義というのは、一定の豊かさを奪い合うゲームではなく、どうしたらみんなでより上手に豊かさを増やして行くことができるのか考える行為だ。ゼロサムじゃない。本来それはポジティブである。

 「生命」というものを、仮に「エントロピーを減少させるシステム」だと定義してみよう。いやいや、生命というのは外殻を持ち、自己を維持することができ、子孫を作ることができる云々という人がいるかもしれない。でも今はエントロピーという言葉だけを使う。心配しなくても、生命というものが一体何なのか完全に理解している人はこの世界に一人もいないし、僕達は自由に好きな説を唱えれば良い。本当は何事についてもそうであるように。

 エントロピーは一般に「乱雑さの度合い」と解釈されているけれど、元々熱力学で使用される概念だった。熱という漠然としたものを定量的に扱うことを可能にした天才的な発想。ルドルフ・クラジウスが1865年に発表している。今からおよそ150年も昔にこんなことを考えたなんてクラジウスをはじめとした当時の物理学者のものすごい想像力に圧倒される。
 さらに1940年代の終わり、情報理論をほとんど一人で生み出して完成させてしまった天才クロード・シャノンが、情報を扱うときにエントロピーを導入している。情報理論も情報という漠然たるものを定量的に扱うことを可能にしたし、熱と情報は同じものである、という驚愕の事実を示した。

 この宇宙では、放っておくとエントロピーは増大する。それを言葉で「乱雑さが増える」とか、良く聞かれるように「整理しないと部屋がどんどん散らかっていく」と表現するのは乱暴過ぎるので、ここでは砂浜を使って大体のイメージを説明したい。
 それは風の穏やかで、加えて波も穏やかな心地の良い砂浜だ。きっと太陽も強すぎないだろう。ビーチには凹凸もなくてほとんど平らだ。この状態を僕達は「エントロピーが最大」の状態と言うことができる。散らかっているというより、砂がこれ以上均一になれないくらい均一になっている状態だ。その砂浜で、僕達は巨大な砂の城でも作ろうと画策する。ビーチを独占して砂を全部使って、せっせと作業をして城が完成したとき、僕達はこれを「エントロピーが最低」の状態だと呼ぶことができる。全くもって均一な状態のビーチとは対局の状態だ。

 幸か不幸か、砂の城は放っておくと爽やかな風だとか波だとか、あるいは雨に打たれて壊れてしまう。それで僕達が作り上げた精巧で巨大な城なんてものの数日で真平らなビーチに戻るだろう。
 これがエントロピー増大則というものだ。落としたインクが水の中を均一に広がって水全体に色が付くこと。放っておいてもその逆は起こらないこと。

 僕達生命は奇跡みたいにしてその熱力学第2法則に逆らっている。リンゴだとか刺身だとか、生命体がこの混沌たる世界から抽出生成したエントロピーの低い食べ物を口から取り入れて、エントロピーの高い大小を排泄して生きている(この辺は語弊があるかもしれませんがこの表現で)。

 僕達は生物という低いエントロピーを食べているわけで、それで低いエントロピーを保つことは比較的簡単かもしれない。
 本当に奇跡的なのはむしろ植物の方だろう。太陽のエネルギーを利用して、大気中に拡散した炭素を集めたり地中のミネラルを集めたり。

 僕達の世界というのはダイレクトにこの植物の恵みで動いている。太陽のエネルギーは無論他にも色々な経路で僕達の社会を動かしているけれど、直接的な生命の、僕達の体の動力源としては植物が地球上に拡散した様々な成分を収集してくれることだけがポイントになる。

 これは食物連鎖を知る僕達にとっては本来自明な筈だけど、でもすぐに忘れてしまう。
 そして、この植物からやってくる富を僕達が使い、つまりはそれを食べて動き、そして物を作るという形で富を変換していることをもっと激しく忘れている。

 自然からの恵みが、有り難すぎることに毎年送られてきて、それを食べて物を作った物は「残る」。次の年の恵みで僕達はまたその上に新たな物を構築して、それが毎年毎年繰り返される。
 だから、富というのは増えるのだ。有り難い自然の恵みの分量だけ、それは毎年増える。
 もちろん、作られたものが壊れるという形で、ここにもエントロピーの増大は起こり富は失われる。それでも、人類の歴史を見れば分かるように僕達人類は富の増加がマイナスにならないように工夫を重ねてきていて、現に世界にはこんなに富が増えた。奇跡みたいな植物達が支えてくれてるのだから、毎年の富の増減をポジティブに保つのは本当はそんなに難しいことではないのだ。
 そして資本主義というのはその工夫の一つで、次回はそのことを書きたいと思う。

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