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カウントダウンはいつも既にはじまっている。

 カウントダウンはいつも既にはじまっている。それは、いつか僕たちが死んだり決別したりする、ということで全く自明なことだ。でも、これまでそれほど意識してこなかった。
 最近、僕にとってとても重要なある事のカウントダウンが始まり、そのたった一つのカウントダウンが、世界のありとあらゆる場所に仕掛けられたタイマーを可視化してくれた。今は今しかない、というこれも自明なことが、フィジカルにグンと迫って来て、生まれて初めて体験する謎の感覚で今日から生活しています。

 僕は死ぬ。
 そして、物事は失われ得られる。

 たくさんの留学生と生活している時、「これは僕にとっては日常だけど、彼らにとってはとんでもなく非日常なのだな」と思う瞬間がままあった。食べるものをカメラに収めたり、毎日を細かく日記に記したり、あらゆる週末に予定を詰め込んだり。半年や1年の日本滞在を、一日たりとも無駄にしたくないという意思の表れ。
 それは本当は京都にずっと暮らしている僕にとっても同じことだった。半年だろうが80年だろうが、同じことだ。

 数年前から父が、会う度に「人はいつ急に死ぬか分からない」というようなことを言うようになった。もう60歳を目前にすれば、数々の死を見ていることだろう。僕の知っている限りでも何人か父はかなり親しい人を突然に亡くしている。そういえば、僕の祖母はまだ僕が幼稚園だか小学校に入ったばかりの頃に突然亡くなった。当時僕は「おばあちゃんが死んでしまった」と思っていたけれど、今から思えば彼女は50歳を過ぎたところで”おばあさん”という年齢ではなかった。
 父が忙しい仕事の合間を塗って自転車のレースに出たりしているのは、もともと旺盛な好奇心もあってのことだろうけれど、僕よりずっとセンシティブにカウントダウンのことを感じているからだろう。

 カウントダウンに敏感になることは、焦って生きることとも違う。どちらかというと、「これは次回でいいや」と後回しにして発生する喉に小骨が引っかかったような感覚を捨て去って生きることに近いと思う。
 もう待てないし譲歩もできない。

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