jmm。

 最近、更新ができていないので、さきほど村上龍さんのJMMに送ったメッセージをそのまま載せてしまおうと思います。
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 JMM御中

 いつも興味深く読ませていただいています。

 [JMM446F]「パスタ・ストライキ、あるいは気候変動」オランダ・ハーグより、を読んでいて、細かいことになりますが一点気になったのでこのメッセージをしたためる次第です。

 気になったことというのは、『パンはこの夏のあいだだけで10%、卵は20%、ベーコンは8%も高くなっている。つまり、トーストとベーコンエッグの朝食が、ほんの2ヶ月のあいだに、4割ほどあがってしまったのであります。』『朝ご飯が4割高になると聞けば、どんなに鈍いひとでも、そのインパクトを実感するのではないか。』という箇所についてで、既にお気づきかもしれませんが、この計算は間違っています。
 パンが10%、卵が20%、ベーコンが8%値上がりしたのであれば、朝食の値上がりは4割ほどではなくて、せいぜい十数パーセントのはずです。
 単純なモデルを考えて計算すれば分かります。値上がり前の朝食に使うパン、卵、ベーコンそれぞれの値段を仮に100ユーロだとすると、値上がり後、パン:100×1.1=110ユーロ、 卵:100×1.2=120ユーロ、 ベーコン:100×1.08=108ユーロ であり合計は338ユーロになります。もともとの合計額は300ユーロだったので、値上がりしたのは約13%です。
 実際にはパンなどの割合があるので、この13%という値は目安でしかありませんが、すくなくとも値上がり率最大の卵が持つ20%という割合を朝食トータルの値上がり率が上回ることは有り得ませんし、インパクトという言葉を用いるのであれば十数パーセントと4割では重みが全然違うと思います。4割りというのはほとんど半額の値上がりに違いイメージを喚起します。

 ヨーロッパで料理番組が流行っているというのはとても面白かったです。
 私は未だ日本国外に出たことがないので、他国の生活を実感としては知りませんが、あるトルコ人の友人と祭りへ言った際、このようなことを言われて驚きました。彼は「日本の祭りは屋台で食べ物を売っているだけで、みんな食べているだけだね。そういえばテレビでも料理やグルメ番組が多いし、日本人は食べることがそんなに好きなのか」というようなことを言ったのです。
 私は単純に「欧米の人はたくさん食べる」というイメージを持っていたので、むしろ日本人というのは食べることに対してあまり関心がないほうではないかとそれまで考えていました。彼はトルコ国籍ですが、ドイツに住んでいたこともあり、私の「それはトルコと比べてのことか」という質問に「トルコだけではなくて欧米に比べてだ。アメリカに住んでいる友達もそんなことを言っていた」と答えました。
 以来、私は日本人というのは食べることに関して結構貪欲な民族なのだと思っているのですが、これはある意味では国の「老成」であり、希薄になった人間関係を修復しようとする作用なのではないかとも思います。
 当然ですが、食事というのは私達の生活にとって最も基本的なものです。それは生命を維持するということだけでなく、コミュニケーションという視点からも重要だと言えます。小さな子供達は鬼ごっこやかくれんぼなど、共通のフォーマットを通じてコミュニケーションをとることができますが、大人になると同じ役割は「食事を一緒にとる」という行為が果たすようになります。多くの大人にとって、形容無しの「遊ぼう」というのは「食事にでも行こう」というのにほとんど同義です。
 さらに、食事を共にするというのは年齢の壁を取り払うことができます。映画にしろ、音楽にしろ、あるいは観光にしろ、ある程度年齢層による分離が否めませんが、食卓は老若男女問わず囲むことができ、他の時間帯をばらばらに過ごす者達が集合する数少ない機会です。グルメ番組が増えるというのは、家族やコミュニティーに対する関心が高くなったことの表れではないかと思います。
 60年代の終わりにsummer of loveがあり、それからもう40年近くが経過しました。ここ数年、クラブでは”民族的な”音楽のイベントが大盛況で、滋賀県の朽木というところでは夏にヒッピーのコミューンを思わせるような野外パーティーが、今年は17日間もあって公安警察も覗きに来るようになりました。
 私は数年前の「カフェブーム」が結構印象に残っていて、今この時期を「ポストカフェブーム」だと勝手に呼んでいます。ウーマンリブが終わり、スローライフということを人々が言い始めたとき、カフェブームはやって来て、そして終わりました。しかし、カフェブームの終焉はスローから再びファーストへ転ずることを意味するのではなく、実際にはよりスローな生活を目指す傾向の表れになっています。ロハスという言葉の他、料理教室へ行く女の子が増えたように思うのです。つまり、バリバリ外食→スローな外食→家で作って食べる、という流れが見えます。そして、その背後には「食事の相手をより身近で親しい人に」ということがあるように読めると思います。
 さらに、料理を始めた人というのは、自然と農業そのものに興味を持ち始めます。私達は、記号で編まれた社会に疲弊して、土に近い方向へと意識を向けつつあるのかもしれません。

 それでは、失礼いたしました。