automatic.

 今月は正式な春の始まりで、学校では新入生に間違えられてサークルの勧誘を受け、服を買いに行くと「これ、もうすこし大きいサイズないですか?」と、店員だと勘違いされて質問を受けた。
 考えてみれば、僕は自分が他の人々からどのように見られているのかを知らないまま一生を終えるに違いない。それはちょっと恐ろしいことだ。時々この世界の「姿」が見えないことに軽い苛立ちを覚えるけれど、加えて自分がどう認識されているのかすら僕達には分からない。どう見ればいいのかも、どう見られているのかも、両方分からない。つまりなんにも分からない。それにも関わらず僕達はこの世界を生きている。ごく自然に。そこにある90パーセントは思い込みで、せめて願うべくは僕の思い込みと君の思い込みが等しくありますように。

 実は僕達の眼には光を感じる細胞が100万個くらいしかない。たったの。どうしてたったのかというと、今時携帯電話のカメラですら200万画素くらいはあるし、でもそれでも大した画像にはならないことを僕達はよく知っているから。100画素のデジカメではL版プリントだってちょっときつい。なのに、僕達の見る世界がこんなにもクリアでスムーズなのは、それは脳が補正をかけまくっているからだ。「認識」のうち9割は補正であり、外部からの情報は1割程度らしい。脳の中の華麗な生活。

 昨日、Tにギメルリングという指輪の話を聞いた。
 ギメルリングというのはパズルリングとも呼ばれるもので、複数のパーツからできた指輪のことです。パズルという呼び名からも察しが付くように、この指輪は一度外すとバラバラになってしまって、再度組み立てようとしても並大抵のことでは組み上がらない。つまり、大袈裟に言えば一度外すと失われてしまう指輪です。
 教えてもらったギメルリングのサイトには「トルコの兵士が出征するときに浮気をしないように着けたのがオリジンだ」と書いてあったのでちょうど隣にいたトルコ人のOに「知ってる?」と聞くと「なんだそれは?」と言われた。他のサイトには「トルコではよく知られている」と書いてあったのだけど、まあトルコ人だって当然色々な人がいる。
 

2007年4月23日月曜日

 研究室のあと、久しぶりにTと会ってご飯。

この日食べたもの
・ハンバーグ弁当
・メキシコ料理(パパス以外はもう名前が思い出せない)
・ビール
テキーラ
広告を非表示にする