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 たとえば、オーストラリアの刑務所がワッケンハットというアメリカの会社によって”営業”されていることを、どれくらいの人が知っているのだろうか?

 Kに「自由を耐え忍ぶ」という、とても暗いタイトルの本を借りて読みました。ちなみにこの本は表紙もとても暗い感じで、内容は現代の肥大した資本主義が、一体どの程度我々の生活の深部まで根を張りつつあるのか、というものです。
 グローバリゼーションといえば、まず最初に経済システムが国家を超えて空間的に広がっていく様子を思い浮かべますが、この本で取り上げられているのは、空間的に広がった資本主義経済によるグローバリゼーションがいかに深化しているか、という僕たちの生活にものすごく深く関与している問題です。

 さらに、資本主義経済は「空間的拡大」「深化」ともに異常な進展を成し遂げていて、それは「公」というか「官」というか、政治そのものにも多大な影響を及ぼしています。
 一例として、軍が予算を切り詰めるために行ったアウトソーシングの結果、『アメリカ軍に占める「民間人」』の割合は、湾岸戦争時数%だったのが、イラク戦争では1割を突破しました。
 僕は今無理やり『』と「」を使ったのですが、『』の中はとても変なことが書いてあります。

 『アメリカ軍に占める「民間人」』

 普通、軍にいるなら軍人ですよね。
 でも、軍にいるけれど「民間人」なのです。

 分かりやすい説明のために、ここで勝手に例をでっちあげると、たとえばアメリカ軍がイラクへ派兵され、どこかに駐屯するとします。その際、軍の人間が寝泊りする施設の警備を、仮にセコムみたいな民間の会社に依頼するとします。すると見かけ上、軍人の数は減って、民間人(セコムの警備員の人)が軍に含まれることになります。

 この例は僕の勝手なでっちあげですが、これに類することが今世界中で起こっています。本来は「国家」が行うはずのことを「民間」がどんどんと肩代わりしている。極端なことを言えば、国が法案の作成とか裁判とか警察とかをアウトソーシングで民間に委託する可能性もなくはない、ということです。それも、日本政府が日本の企業に委託するとは限らない。なにせ時代はグローバリゼーションの時代であり、サービスがいいのならどこの国の企業かにこだわる必要は無い。日本における裁判をロシアの会社に頼む、ということだって起こるかもしれない。

 もっともいびつなのはやっぱり軍隊だと思うので、軍隊について極端なことを言えば、たとえば北朝鮮が軍隊にかけるお金を減らして、国防をアウトソーシングにするとする。このとき受注先がアメリカの会社で、そして政治的な問題が大きくなり北朝鮮がアメリカと戦争状態になったとすれば、北朝鮮を守るアメリカの企業とアメリカ政府が戦争をするという意味の分からないことが起こる。さらに、もしかするとこのときアメリカも軍をアウトソーシングにしていて、その受注はフランスで行われているかもしれない。そうすれば北朝鮮とアメリカが戦争をしているのに、実際に戦闘状態にあるのはアメリカの企業とフランスの企業だということになる。
 もちろん、歴史を紐解けはこの手の代理戦争はたくさんあるけれど、そういうことがもっと自然に起こるようになってきている。そしてもう国家や政府、それから企業という区別はずいぶんとあいまいなものになっている。

 企業が一概に悪いとは言えない、という反論は「あり」ですが、でも企業というのは利益追求のためのものだし、資本主義の構造からして原理的に企業は利益を高めていかなくてはならない運命にある。どうしてかというと資本主義の資本というのが何を意味しているのか考えてみるとすぐに分かることだけど、資本というのは「まだ儲かっていないけれど、でも将来予測される儲け」を根拠に投入されるものだからだ。この将来予測される儲け、というのは企業がその資産価値を増やすこと、つまり利潤を拡大させる、ということによってのみ成し遂げられる。会社は大きくならないと潰れる。大きくならないということは資本が投入されないことを意味する。資本を得ることのできない企業は潰れるしかない。
 つまり、太り続けるか死ぬかの二者択一なのだ。そして、世界中の人が太り続ける、ということは地球の資源が限られていることからして不可能だとすぐに分かる。だれかが太っているのなら、その影で誰かが死んでいるのだ。
 僕たちの世界はそういうものに支配されつつある。それに賛同しないなら、もう腰を上げなくてはならない。
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