ビーチでサッカー。

 ニーチェという言葉を発してから数秒後にその看板は現れた。まさしく、そこにはニーチェと書いてあって、でも一体何のお店なのかは良く分からなかった。偶然。そのとき、僕たちはバスに乗っていて、色々な話をしていた。

 みんなが信じればそれは本当になるのだ、と僕は主張した。みんなが信じていても間違っていることは間違っているし決して本当にはならないとキャサリンは主張した。

「だって、例えば昔は地球は平らだって信じられていたけれど、かといって地球が本当に平らだったわけじゃないもの。地球は昔から丸かったのよ」

「みんなが”地球は平らなのだ”と信じていた時代には地球は本当に平らだったんだと思うよ」

「それは地球は平らなのだと信じている人々にとっての認識という意味ででしょ。あなたの言いたいことは良くわかるの。でも、私が言っていることはそういうことじゃないのよ。例えば、今急に世界中の人々が”地球には空気がない”と信じたとしても空気がなくなるわけじゃないでしょ。私が言っているのはそういう意味のことなの、もっと哲学じゃなくて物理的なこと」

「物理的なことは僕には何一つ分からない。だって物理的なものなんて全部僕たちの作り上げたイメージにすぎないんだから。この世界には本当は原子も分子も電子も電磁波も存在しないんだよ。単に人類がそういったものの存在を仮定してなんとか生きているだけさ」

 閑話休題

 日曜日は夕方の6時にスターバックスの前で待ち合わせて、晩御飯を食べたりして終電車で京都に帰ってきた。気軽に入ったカフェはカフェと言うよりもむしろレストランで、意外と値段が高かった。その分サービスはしっかりとしていた。
 
 その店には、似つかわしくないことに「会員登録するだけでその日から10パーセントOFF」の携帯からアクセスできるそのお店のサイトを示す広告が置いてあった。一瞬登録しようかどうか迷ったけれど、やめておいた。「どうして登録しないのか?」と一緒だった友達に聞かれたけれど、それはどうしてかというと、店の方だって慈善事業じゃないので利益の上がらないことはしないだろうし、何の見返りもなく10パーセント引きにするとは考えにくい。僕がここで自分のアドレスやなんかを登録することによって、僕の知らないところで知らないルートを通って、僕がここで時々食事をして10パーセント値段を安くしてもらうことから店が被る損失(せいぜい500円だとか600円)を十分ペイする利益を店は得るんじゃないだろうか。

 そういう、一体どこで何が行われてお金が発生するのか良く分からないことに加担するくらないなら、目の前で500円多くを支払ったほうがよっぽどましというものだ。

 杞憂かもしれないけれど。
 たとえばクレジットカードは使わない人のほうが損をするシステムになってるし、この10パーセント引きも使わないと単に損をするだけなのかもしれない。

 
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