『選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由』という詭弁の見本

「スランプってやつなんでしょうかこういうの? 最近は全然上達しない感じで、練習してもしても」
「まあいわゆるスランプってやつかな。今まで身についたことを一度全部捨ててしまってやり直した方がいいかもしれないね」
「えっ、どういうことですか?」
「コップにさ、お湯を入れたいとするじゃん。でも、そのコップに冷たい水が入っていたらどうする。そのまま冷たい水で一杯のコップに無理矢理お湯を入れても、お湯は溢れて上手く入らないよね。一度、水を全部捨ててしまわないと。同じことで、今まで身についたことが新しい物事の吸収を妨げることはよくあるから、一度全部忘れてしまったほうがいいんだよ」

 このような間抜けなやりとりは毎日至る所で交わされている。
 何かを訓練することと、コップにお湯を入れることは全く別の話で一切関係がない。けれど、人間は喩え話に弱い。よく出来た喩え話には簡単に説得される。そういうのは「ことわざ」という詭弁話法の代表格に良く表れている。
 は?鉄は熱いうちに打てだって、何言ってんだ。今やろうとしていることは鉄を打つのと何の関係もないですが。。。

「例え話」「言い換え」「単語の意味をわざと別に取る」詭弁の手法はたくさんあって、詭弁は溢れかえっている。人間は多かれ少なかれコミュニケーションの中で自分の優位を図らねばならないこともあるので、詭弁が一種の武器として社会に存在していることは仕方ない。どうしようもないのは詭弁を詭弁だと分からずにそれが自分の思考回路に自然に組み込まれている場合だ。
 たとえばこの方の思考のように。

 『選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由』

 正直な話、このエントリーは、これを読んで腹がたったので書いている。2012年に書かれたものらしいが、先日の選挙の影響で僕のツイッターに再び流れてきた。
 こういう風に書くと、たぶんこういう反応も起こると思う。

「腹がたっただって。腹が立つのは図星なことを言われた証拠だ!」

 違いますよ。
 こういうパブロフの犬みたいな条件反射で構成されたコミュニケーションにはうんざりで、最近はそういう会話ばかりになりそうなパーティーなどは全力で避けています。

「ムキになって否定するのは、それこそ図星の証拠!」

 ・・・・

「てか、喩え話ダメって最初に書いてたのに、自分でパブロフの犬みたいにって言ってるしww」

 ・・・・

 放っておいて話進めます。
 この記事に書かれている5つの理由のどこが詭弁なのか順に解説したい。

 ・理由1「面倒くさい」

 「15分以内のところに休日行くのが面倒くさかったら、おそらく彼氏は君の子どもをどこにも連れて行きはしない」と書いてあるが、あれこれ「意味ないんじゃないか」と思い悩みながら投票に行くのと、自分の子どもを遊びに連れて行くのは全く別の話だ。

・理由2「どこに入れても同じ」

 「日本語を読む能力が欠けている」「小学校五年生レベルの読解力もない」と書いてあるが、各党の言っていることが日本語として理解できないからどこに入れても同じだと思っているわけではない。書いてあることくらいは読めるがその先のことで言っている。

・理由3「なんだかよく分からない」

 「社会で働くということは、「なんだかよく分からない」ことも何とか調べて、分かったふりをしながらこなしていくことだ」と堂々と書いている。。。この記事を書かれた駒崎氏という方はなんとかというNPOの代表ということ。「「なんだかよく分からない」ことに対して何もしないのが君の彼氏」とも書いている。なんだか良く分からなくても取り組みたいことと、なんだかよく分からなくてかつ取り組みたくないことが個々人には存在するが、全部ひとまとめにしている。

・理由4「その日用事ある」

 期日前投票のやり方がググれば分かるのに知らないということは「彼氏はおそらくグーグルを使うことができないのだ」と書いている。使える使えないと「それを調べたい」は別の問題。

・理由5「政治家信頼していない」

 政治家というレッテルで判断している。彼女であるあなたのことも女子大生とか読者モデルとかいうレッテルで見てる。と書いている。そんなわけない。
 さらに「政治家信頼してない」は政治家を一括りにしているからで、実際にはいい政治家もいるわけだからこれはバカと書いているが、実際にはいい政治家もいることは誰でも知っている。政治家信頼できないという言葉は「政治家の集団と現行政治制度全体のアウトプット」が信頼できないということで、誰も信用出来ないということを言っているわけではない。システムが全体で動くときに信用できなくなるというのを「個々の部品」の話に次元をすり替えている。

 記事が滅茶苦茶なのは、解説しなくても読めば明らかだが、問題はこのタイトルと「そんな彼とは別れろ」という強い口調が面白い気がして、この話に本当は納得していないのに納得した気分になって他の人に勧める人がいることだ。話が破綻してる気がしても、そこは気にしないことにした方が人に話すネタが増えて便利だ。勧められた人は「面白いよ」と勧められたら「面白い」気になる。ロジカルな納得は二の次になって、また別の誰かに勧める。そうして訳の分からない言説が広がっていく。