西海岸旅行記2014夏(39):6月16日:ロサンゼルス、スペースシャトル「エンデバー」


 カリフォルニア・サイエンスセンターではポンペイ遺跡の特別展をやっていて、それがフィーチャーされていた。火山灰に埋もれて死んでしまった人達も、まさか2000年後にこんな遠くで自分たちが展示されるとは思っていなかっただろう。サイエンスセンターのあちこちに掛かっているポンペイ展のフラッグを見て不思議な気分になる。僕達が今日見るのはスペースシャトルだけだ。
 センターに入って、2階へ上がるとシャトル見学の受付ゲートがある。拍子抜けなことに「何時の予約の人でも入って下さい」と書かれていた。30分刻みで指定できたので、最適なのは何時か考えて予約したのにまったく意味はなかった。さっきホテルでプリントアウトしたチケットを渡して、引き換えにカードのようなものをもらう。次にそのカードを渡して、エンデバー関連の展示室へ入る。たしかにそれほどは混み合っていない。だから予約時間は問わないことにしたのだろう。

 展示室には、シャトルのタイヤだとか、搭載されていたトイレだとか、そういうやや細かいものの実物が展示されている。ただ、僕の一番の関心を引いたのは、これまでのシャトル打ち上げ風景を全部並べた動画だった。
 100インチくらいの画面の中で、タイミングを合わせ歴代のシャトルが打ち上がる。これは圧巻だった。画面もそんなに巨大ではないし、ましてや個々の打ち上げは細部の分からない小さな動画でしかない。だけど圧巻だ。良くも悪くもスペースシャトル計画につぎ込まれてきたエネルギーが一気に固体ロケットブースターから吹き出したみたいで、背骨がきゅっとなって鳥肌が立つ。
 僕がこの動画に引き込まれていると、隣では別の展示を見ていたクミコが10歳位の女の子に「あなたの靴いいと思うわ」と靴を褒められていた。

 細々とした備品の展示室の次は、大きなスクリーンのある部屋で「エンデバー」がケネディ宇宙センターから、ロサンゼルス国際空港経由でカリフォルニア・サイエンスセンターに運び込まれるまでのドキュメンタリーを見る。
 ケネディ宇宙センターからロサンゼルス国際空港までは、巨大な飛行機の背中にスペースシャトルを載せて運び。さらに空港からサイエンスセンターまでは普通の道路をでかいキャリアに載せて運ぶ。
 この5分程度の短いドキュメンタリーは、シャトル本体を見るよりも感動的だったかもしれない。
 ロサンゼルスという大都市の上空を、巨大な飛行機がスペースシャトル載せて飛んでいるのはSFのようだ。
 ありふれた住宅街の道路をゆっくりと進むスペースシャトル
 コインランドリーの中にいると、突然表にスペースシャトルのノーズが現れる。
 自分の部屋にいると、突然窓の外にスペースシャトルの尾翼が現れる。
 人々は老若男女入り乱れて、道端から、屋根の上から歓声を上げる。

 この動画はまるっきりアメリカだった。
 いかにも強き良きアメリカ合衆国という感じがした。
 もちろんこの映像を見て、6歳の小学生みたいに素直には感動できない。アメリカ合衆国という幻想は美しく素晴らしいが、それが幻想に過ぎないことをもう僕は知っている。
 
 この後、僕は実物のスペースシャトルを見る。
 真下に入って、手を伸ばせば届きそうな位置で、25回も宇宙へ行ってきた船体を心行くまで眺めた。
 さすがに心は踊る。幼稚園のときに紙粘土でキーホルダーを作ったが、それがスペースシャトルだったことを思い出した。そんなもの完全に忘れていた。黄色の絵の具で色を塗って「間違えた」と思ったのを思い出す。指の後がベタベタと残った出来損ないのスペースシャトルはどこへ行ったのだろう。カバンに付けていて垂直尾翼が折れたのは覚えている。そのあとどうなったのだろうか。たぶん母親が捨ててしまったのだろう。

 本物のスペースシャトルはクールだったが、見ようによっては僕の紙粘土細工のようでもあった。あるいはダンボールで作ったみたいだった。というのは表面の耐熱材のせいだ。表面が耐熱タイルに覆われていることは知っていたけれど、にも関わらず僕はシャトルの表面はもっと飛行機みたいにツルッとしたものだと思っていた。実際には不規則にややボコボコしている。こんなので本当に宇宙行けるのか?やっぱアポロは月に行ってないんじゃないか?と思うような無造作な精度。iPhoneからダイソーの100円の包丁まで、精度の高いプロダクトに囲まれて生きている僕達から見ると、実に手作り感溢れる不安な船体。


 ボランティア説明員が何人かいて、団体で来ている小学生が何かを触らせてもらっている。どうやら断熱タイルらしい。子供に割り込むのも気が引けたので、先に会場をぐるっとすることにした。
 ギフトショップを覗くと欲しいデザインのTシャツがあったのに、袖が女の子用になっているものしか置いてない。メンズのはNASAのロゴとかシャトルのプリントが無難に入った素人臭いものばかり。社会には男物の服はダサくなくてはならないという暗黙の了解があるような気がする。

 ちょうどさっき子供達の相手をしていたボランティアのおじいさんが、今度は暇そうに寂しそうに突っ立っていたので、僕はシャトルのことを聞いてみることにした。

 「こんにちは。この黒いタイルって何個あるんですか?」

 タイルの個数は忘れてしまったけれど、おじいさんは楽しそうにタイルのことを色々教えてくれた。先ほど子供達が手に乗せていた黒いものを僕の手にも乗せてくれる。

 「これは本物でははいけれど、シャトルの黒い耐熱タイルと同じ重さのものだよ」

 びっくりした。まさかこんなに軽いとは。発泡スチロールとかスポンジみたいに手応えのない重さ。

 「えー、ここまで軽いとは思ってませんでした」

 「そうでしょ。みんなこれに一番びっくりするよ」

 タイルの実物はガラス繊維でできていて、1600度の大気圏突入温度からアルミニウム製のシャトルを守る。アルミニウムの融点は660度。200度程度で必要な剛性は失われてしまう。こんなペラペラ頼りないタイルでそんな脆いものを保護するというのもギリギリで恐ろしいが、アルミニウムとタイルの膨張率が違うので間には普通のフェルトが挟まれていて、さらにそれらが普通のボンドで接着されている。案の定というか、断熱タイルが剥離してしまうことはシャトル計画の悩みの1つで、2003年の「コロンビア」の空中分解事故も、タイル剥離が原因の1つだった。
 こんなハリボテに宇宙飛行士は命を預けていたのだ。
 脱出装置すらないハリボテに。
 「チャレンジャー」殉職7名、「コロンビア」殉職7名。
 30年間のスペースシャトル計画で、14名もの宇宙飛行士がなくなった。

 「こんな素晴らしい展示は、カリフォルニア・サイエンスセンターはじまって以来だよ」

 おじいさんの話はなかなか止まらない。おばさんが僕達に割りこむように質問を挟んできたので、彼女にバトンタッチ。僕達はおじいさんにお礼を言ってスペースシャトルを後にした。