西海岸旅行記2014夏(23):6月11日:サンフランシスコ、やはり望むゴールデン・ゲート・ブリッジ


 これもまた時間の掛かる旧式のエレベータに乗って二階へ上がり、薄っぺらい屋外の廊下をカンカンカンと歩く。やはりなんだか安っぽいし怪しげだ。見下ろした駐車場は暗くなってきていて、僕達の赤いフォルクスワーゲンが不安そうに止まっている。
 しかし、部屋に入ると中はきれいだった。新品の今風のホテルの一室だ。なんか取ってつけたようなところがなくはないけれど、青と白を基調とした清潔そうなインテリアで、なんと言ってもこの旅はじめての、ようやくの「プライベートバスルーム」。今までは実はバスルームはどこもシェアだった。Airbnbで泊まったポートランド、ケリーの家はゲスト用のバスルームで、まあ僕達専用ではあったけれど、そうは言っても「人の家のトイレとお風呂」だし、部屋からバスルームまでの廊下を素っ裸で歩くわけにもいかない。エースホテルも一番安い部屋はバスルームがシェアになっていて、もちろんホテルの廊下を素っ裸で歩くわけにはいかない。ここへ来てようやく、ベッドで服を脱ぎ捨ててそのままお風呂に入って、裸で戻って来てそのまま眠る、みたいなことができるようになった。些細なダラシのないことではあるが、旅の疲れを癒すのにこういうダラシのないことは非常に重要だと思う。

 荷物を放り込んで、ひとしきりダラダラしたあと、何かを食べに行くことにする。時間はもう21時を回ろうかとしていて、僕達はお腹がペコペコだった。
 この日のサンフランシスコは本当に寒くて、シアトルやポートランドで着ていた薄いナイロンジャケットでは全く足りない。ナイロンジャケット以外にはTシャツしか持ってきていないので、僕はTシャツを三枚重ねて着て、その上からナイロンジャケットを着た。クミコは例の悩ましきキャリーバッグに上着を色々入れてきているのでそれで大丈夫なようだ。

 "Beck's Motor Lodge"の表はマーケット通りという片道2車線+自転車レーンのまあまあな交通量の道路で、歩道を歩いているとスケートボードに乗った少年の一群が子供らしい歓声を上げて通り過ぎた。こちらも街のあちらこちらにレインボー・フラッグが掛かっている。それにしてもアメリカの夜はなんかやっぱり暗いな。お腹が空いていたのでなるべく近くで食事を済ませたかった。モーテルの周囲何軒かだけ店をチェックして、テレビのたくさん掛かっている一見スポーツバーみたいな雰囲気の店に入った。Slider Barという店で、その名の通りスライダー(小さいハンバーガー)の店だ。スツールに座って、僕達はスライダーとポテトのコンボをほうばりながらスパークリングワインを飲む。
 食事のあと、近所にあった個人経営のスーパーマーケットみたいなところでクッキーと水を買い、モーテルに戻って思う存分にシャワーを浴びて眠った。

 翌朝10時に起きて、さて今日はどうしようかというときに、小さな問題が持ち上がった。
 当初はプランになかったヨセミテ国立公園へも行くことにしたり、人に会う約束を考慮すると、サンフランシスコにはたった1日しか滞在できないことになってしまっていたのだが、さらにその貴重な1日のど真ん中、昼の1時半にクミコがランチの予約を入れていた。レストランは"Chez Panisse"という超有名レストランらしい。それは別にいいけれど、レストランがあるのはバークレーだった。バークレーは僕達のいるところから見てサンフランシスコ湾の向こう側だ。サンフランシスコ=オークランドベイブリッジを渡って車で40分は掛かる。往復すると1時間半から2時間は掛かる。そして僕達のモーテルは、この後行くことになるゴールデン・ゲート・パークまでは車で10分も掛からない位置にあった。今すでに次の目的地の目と鼻の先にいるのに、わざわざランチを食べに2時間も遠回りしなくてはならないというのは、ほとんど食事に興味のない僕にとってはかなり苦痛だ。それにゴールデン・ゲート・パークは巨大な公園で、見るのにそれなりに時間が必要だし、園内にあるカリフォルニア科学アカデミーとか、デ・ヤング美術館は夕方早くに閉まってしまう。早く行くに越したことはない。予約は取り消して、ランチは公園で何か食べればいい。
 しかし、クミコは"Chez Panisse"にどうしても行きたいみたいなので、まずはゴールデン・ゲート・ブリッジを見て、それからランチに行き、その後再びこっちに戻ってきてゴールデン・ゲート・パークへ行くことにした。

 ゴールデン・ゲート・ブリッジは、もちろんただの橋だが、美しかった。
 橋の出入口付近には展望ポイントが設けられていて、そこに車を駐めて橋と海の向こうに広がる大都市を眺めると、遠影でも都市のダイナミズムが伝わってくる。湾を渡る強い風が長く街の喧騒を運んでくるような気分にすらなる。灰色の四角いビル群の影はすでに時代遅れにも見えて、懐かしいような気分がした。振り返ると、1人ポケットに手を突っ込んで襟を立てた船乗りの像が立っている。どこか場違いな像に見えたが、当分は戻ってくることのないこの街の遠い姿を、何人もの船乗りがこうして眺めて来たのだろうと思うと、彼に小さな親しみを感じもした。

Chez Panisse Vegetables
William Morrow Cookbooks