西海岸旅行記2014夏(05):6月6日:シアトル都市部到着


 アメリカの第一印象は「人がいない」というものだった。この印象も、旅行を通じて変わらなかった。入国審査を出て、キャリーバッグを受け取り歩き始めると、すぐに人が少ないと思う。まだ日差しの強い真っ昼間の1時なのに、大きな空港の中も人が少なくてガランとしているし、外に出ると大きな立体駐車場に大きな車がたくさん留まっている割りに、やっぱり歩いている人が全然いない。

 人口密度を都市単位ではなく、国単位で見るのは多少乱暴かもしれないけれど、ざっと国単位では日本とアメリカの人口密度は10倍も違う。2013年のデータでは、日本の人口密度は世界19位で1平方キロメートル当たり337人、アメリカは138位で32人。さらにアメリカは車社会で人々は車に乗って移動するので、外で人に会うことが少ないと感じるのは当然なのだろう。

 僕はこれまでに韓国、香港、中国にしか行ったことがなくて、韓国の人口密度は日本より高い世界10位の1平方キロメートル当たり504人、香港はいうまでもない世界2位の高人口密度で6562人、中国は52位だが都市部にしか行っていないので人はたくさんいた。アメリカみたいに人口密度の低い国を訪ねるのははじめてで、すっきりしていて良いんじゃないかと思っていたら、かなり寂しい。

「アメリカで電車に乗るなんて、なんか新鮮、アメリカっぽくない」
 空港からレンタカーセンターを越えてすぐの駅で切符を買いながらクミコが言った。ここからユニバーシティ・ストリート駅まで30分程度電車に乗る。券売機の表記も時刻表も路線図も何もかもが分かりにくい。標識や説明図の類が分かりにくいというのは、この他にも色々あった。僕が日本の過剰なサイン計画に慣れ親しんでいるせいでも、コンタクトを入れても視力が1.0ないせいでもあるのだろうけれど、アメリカのサインは小さくて分かりにくい。少し前に話題になっていた、佐藤可士和がデザインしたセブンイレブンのコーヒー販売機の話を思い出す。シンプルな英語だけの表示が分かりにくくて、各店舗がそれぞれテプラなどを貼って対応しているということだ。聞いてはいたけれど、トイレのサインも男女で色分けがされていたりしない。両方とも黒なら黒で、例の男女ピクトグラムが付いている。

 車窓から眺める風景は、ただ車や建物の形が少し違うだけで、日本の中途半端な田舎の国道沿いとそんなに変わらない。庭にガラクタが散乱した家や廃業した何かの小さな事務所、やってるんだか潰れたんだかよく分からない飲食店が断続的に並んでいる。線路に並行して走る道路を走る自動車も、心なしかくたびれて埃っぽいように見えた。
 電車は最初ガラガラだった。シアトル都市部に近づくに連れて乗客の数も増え、それに比例して街並みの都市度も増加していく。畑や空き地がちらほらする田舎から、ペラペラであれど小奇麗な建売住宅の並ぶ郊外へ。郊外から高層建築物の並ぶ都市部へ。
 都市部に入るとシアトル・マリナーズの本拠地「セーフコ・フィールド」が見えて、シアトルに来たのだなとぼんやり思う。僕はほとんど野球に興味がないけれど、それでもイチローマリナーズで活躍していたことは印象的で、今でもやっぱりシアトルといえばマリナーズを連想する。

 シアトルに来たのは、マリナーズを見るためでもスペースニードルを見るためでもない。昔見ていた「グレイズ・アナトミー」というシアトルが舞台のドラマがあるのだけど、その撮影も別にシアトルで行なわれていたのではないし、ロケ地巡りのようなミーハーなこともできない。その他シアトルに何があるのかはまったく知らなかった。ただ雨が多い街らしいということだけ知っていた。
 僕達がシアトルに来たのは、シアトルに友達が住んでいたからだ。友達とは言っても、もともとクミコの友達で僕は一度しか会ったことがない。それも酔っ払って挨拶を交わした程度。彼女はノッキーという名前でつい1年前まで京都に住んでいた。もう長い間付き合っている彼氏がシアトルで建築家をしていて、結婚を機にシアトルに移り住んだのだ。 その彼氏というか夫になった建築家はシュウイチ君という名前で、大学院からはアメリカだけど、学部は僕とクミコと同じ京都の大学だったらしい。三人共、学生時代は顔を合わせたことのない赤の他人だった。他人が知り合うと他人でなくなるというのは不思議なことだなといつも思う。
 2人とはシアトルに着いてすぐの夕方に待ち合わせていた。
 
 ユニバーシティ・ストリート駅で電車を下り、短い地下道を抜けてセカンド・アベニューで地上に出る。近代的な都市の向こう、大きな通りから坂を見下ろしたすぐ眼と鼻の先に、昼下がりの太陽で光る静かな海が見えていた。このブロックの向こう側はシアトル美術館で、僕達が泊まるグリーン・トータス・ホステルはその隣のブロックにあった。

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