出征した犬達

「殺してやろうと思って」と、温厚そうな青年が淡々と言うので、テーブルは一瞬間の静寂に包まれた。彼が殺そうと思ったのは野良猫だ。ある席でのことで、彼とはほとんど全員が初対面だった。「いやね、猫が来てね、庭に、ウンチするんですよ、それが臭くてね」、だから殺して当然でしょ普通にという含みで、毒を撒いてやったと、カジュアルに彼は言った。僕達が「ええー!?」と思っていることには気づいていない様子で、僕達が猫を殺すのは可哀想じゃないか、ということを言っても全く取り合ってくれなかった。それ以上言うと彼に「あなたは気が狂っています」という宣言をすることになるので、初対面の大人として話は逸らされ、何事もなかったかのように処理された。
 結構衝撃的だった春の話です。

 先日、飯田基晴監督の著書「犬と猫と人間と」を読みました。
 前回の記事で、同じタイトルの映画を紹介しましたが、それはまだ見ていなくて、先に本が手に入ったので読みました。
 良い本でした。
 読み触り、と言ったら変だけど、手触りの良いように丁寧に、しかしシリアスに書かれた本でした。犬や猫の殺処分について、あるいは人と動物が共に暮らすことについて、それが本の主題でもあるし、色々な考えを持ちました。

 ここでは、話の重要さとは少し別のベクトルで、全く知らなかったことで、とても驚いたことを書きます。
 それは、戦争中に人だけではなく犬も「出征」したということです。



 なんだこれは?
 というのが、最初に写真を見た時の感想です。悪い冗談かと思いました。

 下に写真を載せた回覧板にはこうあります、
  
『 私達は勝つために犬の特別攻撃隊を作って
  敵に体当たりさせて立派な忠犬にしてやりませう
  決戦下犬は重要な軍需品として立派な御役に立ちます
  また狂犬病の予病の一助としても
  何が何でも皆さんの犬をお国へ献納して下さい 』



 また1944年11月11日の朝日新聞には、

『 狂犬の汚名を受けるよりは死をもってお国の急に殉じようと、ワン公が揃って晴れのお召に応じた。立川署管轄内昭和町の全畜犬がお世話になった飼主の手を離れ、近く某航空研究所の大切な資材として、赤襷姿も凛々しく応召する。
  「飼犬も食べるものがないので最近では次第に気が荒み、中には狂犬になるのも多いのです。この際小さな愛情を棄て、進んでお国に捧げようじゃありませんか、犬死にといいますが犬の皮は飛行服に、その肉は食肉にもふりむけられるのです」との矢根署長の話が実を結んだもの 』

 とあるようです。
 なんとも嫌な記事です。
 犬が実際にどう使われたのかはともかく、1944年12月には軍需省化学局長・厚生省衛生局長が犬の献納を徹底するようにと通知を出し、運動は強制力を強めた。犬を差し出さなければ非国民というわけです。神奈川県だけで1944年の7,8月の二ヶ月で約1万7000頭が差し出されて薬殺処分した記録があると書かれていました。
 なんだこれは本当に。

 

 

犬と猫と人間と
飯田基晴
太郎次郎社エディタス