隣人かもしれないカラス達。

 僕はその昔ムツゴロウさんの本を読み漁っていました。子供の頃はムツゴロウさんをテレビの中でしか知らなくて、ただの変な動物おじさん(それから世界で一番動物と仲の良い人)だと思っていたのですが、10年くらい前に古本屋でムツゴロウさんの本を手に取ってみると、学生結婚してマージャンで生計を立てていた、だとか色々なことが書かれていて面白かったので、それからしばらくムツゴロウさんの本ばかり読んでいたわけです。著作に現れる畑正憲という人は、動物好きの変人ではなくて有言実行型の激しい人だった。ヒグマと生活してみたいと思えば、無人島を一つ借り上げ、娘に1年間の小学校休学をさせて移り住み、とことんマージャンがしたいときは三日三晩眠らずに只相手だけが入れ替わる。ゾウと仲良くなりたいと思えばインドへ行ってゾウ使いに弟子入りする(この「ゾウ使いの弟子」という本はタイトルがとても良い)。

 どこかのエッセイで微かに「カラスは頭が良いし飼ってみるととても面白かった。ちょっと臭かったけれど」というようなことが書かれていて、僕はそれを読んで以来ずっとカラスのことが気になっています。
 あの真っ黒な姿と奇怪な鳴き声のせいで嫌われ者のカラス。ゴミを散らかすとか人を蹴飛ばすとか。
 でもとても頭が良いらしい。人の顔だって識別できるらしい。じゃあ友達になれるんじゃないかと思った。

 それから道端でカラスを見かけるたびにエサでも上げてみようと考えたけれど、残念なことに僕はいつも食べ物を持っていなかった。この広い世界をサバイブするためにはときどき食べ物を持ち歩いていてもいいと思うのだけど、驚いたことに僕の鞄の中にはクッキーのひとかけらすら入っていなかった。じゃあまた今度上げればいいや、カラスなんて毎日どこででも会えるわけだし、と思っているうちにカラスと友達になる計画のことなんてすっかり忘れていました。

 でも今度こそは、大学のキャンパスにいるカラスにエサを上げてみようと思う。僕は今のところカラスのことが全くかわいいとは思えないので、あまり懐かれても困るけれど、海へ行ってイルカと友達になるよりも、身近なもう一つの知性を発見するほうが面白いかもしれない。落し物をカラスが交番に届け、子供達がカラスとはしゃぎ回るというような魔法使いの社会みたいなものだって実現できるかもしれない。まったく彼らときたら空を飛べるなんて。

 考えてみれば、日本でも犬達とはそういう社会を実現できたはずだった。ある家族に犬が属しているのではなく、全ての犬を人が管理しているのではなく、犬は犬で社会を持ち、その上で人の社会と犬の社会が融合しているような世界が。ときどきドキュメンタリーなんかでそういう社会を見るとうらやましい気持ちになる。集落の中を犬が自由にうろうろしているような村。
 もっとも人が管理しているから狂犬病も撲滅できたし、野良犬の被害も減ったわけだけど、でも現状とは違うもっと別の在り方がきっとあるだろうなと思う。犬だって色々な性格の犬がいて、カラスだって色々な性格のカラスがいるから、とても複雑でとても難しいだろうけれど、もう少し上手に意志の疎通が図れたらこの街の風景はがらりと変わるのだろうな。