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 その部屋の入り口にはピンク色の紐でできた暖簾みたいなものが掛けられていた。昨日初めて出会って、最初の瞬間からお互いに好きだって分かって、今日この部屋へ入れば僕は3時間後くらいに「好きだ」って言ってしまうだろうな、というようなことをもう二人とも分かっていて、お互いがそういうことまで分かっていることも分かっていて、「お茶でもどうぞ」って言いながら君はもう吹き出さんばかりに満面の笑みで、僕が必要以上に礼儀正しくそれを飲んで君はついに吹き出した。
(『スプーンとペンギン(仮題)』より)


 しばらく前の話になりますが、テレビを点けると何か議論形式のバラエティ番組がやっていて、そこで温暖化のことや何か環境問題の話が持ち上がっていた。それにはタレントだけではなくていくらか専門家みたいな人も出ていて、なんとか大学の教授か誰かが実に興味深いことを言った。

「海面上昇は嘘だ。IPCCは10年以上も嘘を言い続けている」

 なんと、とんでもない。

「いいですか、大体北極の氷が融けて海面が上昇するわけないじゃないですか。アルキメデスの原理ですよ。そんな物理学の基本原理が覆ったというのですか。バカな」

 バカは誰だよ。と僕は失礼ながら思った。IPCCの科学者をコケにするような発言に僕は腹を立てた。

 北極の氷が融解しても、彼の言う通り、アルキメデスの原理で海面の上昇にはほとんど影響しない。じっさいには氷は真水に近くて、それが海水に浮いているので話は少し違うけれど、コップに水を入れて、そこに氷を浮かべて、氷が解ける前と融けた後の水面の高さを比べてみればそれは同じだ、というのと大筋では一緒だ。

 だけど、誰も北極の氷が融けて海面が上昇するなんて言っていない。俗説としてはあるのかもしれないけれど、科学者は誰もそんなことを言っていない。
 地球温暖化に伴う海面上昇の原因は2つあって、最大の要因は水温が上がって海水自体が膨張すること。もう一つは氷河や南極大陸の氷が融けて海に流れ込むこと。割合としては海水の膨張が大きな影響力を持つ。
 だから、地球が暖かくなれば海面は上昇する。なによりこれは観測された結果だ。

 僕がこのテレビに出ていたら「温度が上がっても液体が膨張しないなんて、いつ液体の温度変化に対する性質が変わったんですか」と言いたかった。もちろんテレビのこちら側でそんなことを言っても仕方がないけれど。

 この発言を聞いて思ったのは、子供がこれを見ていて安直に信じると困るな。ということでした。もちろん、大人も含めて。スタジオでは現に誰も反論しなかった。僕にも強くその傾向がありますが、人というのは人が知らないことを知りたい生き物だと思います。だから世間で言われている通説と違った意見を専門家から聞くと「なるほど」と信じたくなるものです。そのほうが断然面白いし、誰かに話して驚かせることもできる。みんなが海面上昇といっているときに、それって実は嘘なんだよ。アルキメデスの原理知らないの。というのはなかなか楽しいことなんじゃないかと思う。でも、残念ながらそれは科学的な意見ではない。そして、科学というのはもちろん仮設の繰り返しであり、通説が覆ることだってあるけれど、通説というものが築かれた裏には沢山の科学者の膨大な努力があることも少しは意識したいなと思う。