FAB12, 深セン:その2

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 8月9日。朝9時にシェラトンへ。
 基本的に午前中は色々なプレゼンテーションを聞いて、午後はワークショップ、夜はパーティーというスケジュールになっている。
 この日、午前中のプレゼンテーションで、Fab2.0というものが宣言された。プレゼンターはFabLabの基礎を作ったMITのニール・ガーシェンフェルドで、「もうFab1.0は終わりにして、このFAB12からはFab2.0を始めよう。Fab2.0がどんなものか、詳細はまだ誰も知らないものだが、これから我々はそれについて考え手探りで立ち上げていこう」という感じの話だったと思う。
 FabLabは、MITの「ほぼなんでも作る方法」という講座や、貧困地域などにデジタル工作室(つまりFabLab)を作ったら地域の人達が地域の問題を解決する物を作り始めたという事実を元にして始まった。今ではFabLabの数は世界で1000に迫ろうとしていて、FAB12のような会議には何百人もの人が集まるようになっている。このFAB12の12というのは12回目ということで、たとえば横浜で3年前に同様のイベントが開催されたときはFAB9だったし、来年のサンティアゴでの開催はFAB13となる。FAB3とかFAB4みたいな初期を知る人は「いやあ、あの頃は20人とかしか居なかったから」と感慨深く教えてくれる。
 このFABなんとかが開催されて既に12年、FabLabの黎明期がだいたい2000年前後だと思うので、そこからだと約15年。仮にこれまでの期間をFab1.0と呼ぶのであれば、それは「買ってきた機械でFabLabで何かを作る」というものだった。これからのFab2.0では「機械も自分たちで作って、ひいてはFabLabをFabLabで作ろう」ということが念頭にある。本当はこんなクリアカットな物言いはできない。なぜならFabLabはその設立時から既に「ほぼなんでも作る」と言っていて、その中には当然「作るための道具」も含まれている。FabLabと言えば多くの人がイメージするであろう3Dプリンタにしても、元から「3Dプリンタで3Dプリンタを作る」という自己複製の機能がフィーチャーされて、それが生命体に似ているという指摘もあった。だからFab2.0という言葉は本質的には空虚だと思う。最初に「ほぼなんでも作る」と言った時点で意思表示のようなものは100%既に終わっていたと思う。とはいえ、あとから評論のようなスタンスで事態を分析したり整理したりするために新しい言葉が必要になることはある。その新しい言葉は、今ここにある運動を促進することもあれば、妨げになることもある。
 
 全ての言葉は、それがあるから遠くへ行けるという状況と、それに囚われてどこへも行けないという状況を同時に生み出す。
 何か特定の言葉や概念について深く考えるとき、僕達はアクセルとブレーキが両方共踏み込まれているやや矛盾した乗り物を操縦することになる。
 当然、それは一筋縄ではいかない。
 FabLabという言葉はこの10年で世界の一部を変化させた。デジタルファブリケーションだとか、パーソナルファブリケーションという概念がFabLabと共に世の中に浸透したことは、まだそれがドミナントではないとしても事実だ。大学の講義の1つでしかなかったものがFabLabという形で世界に広がり、その数が1000箇所に迫ろうとしていることからもそれは見て取れる。
 企業の作る大量生産された製品と、それを買って使うだけの消費者の間に横たわっていた溝は、20世紀の終わりまで深く広いものだった。大量消費社会を生きるほとんどの人はそこを渡ろうなんて考えることがなかったわけだが、FabLabはそこに橋をいくつか渡したし、実際にそれを渡る人達も少しづつ増えている。
 FabLabあるいはFABという言葉は、その様に特定の人々を遠くへ連れて行くという役割を果たした。
 だが同時に、それは足枷でもある。
 武術家でもあった伝説的で悲劇的なアクションスター、ブルース・リーは自らの武術体系に截拳道という名前を付けたが、「截拳道には形がない」と言っていた。武術というのは、ほとんどの人達が戦闘方法だと思っているが本質的には「ありとあらゆることに臨機応変即座に対応する」というものなので形なんてものは本当に持ちようがない。本当は名前すら持ちようがないわけだが、便宜的には名前がないと困る。だから名前は持つ、しかしそれに囚われてはいけないし、よもや形なんて設定してはいけない。そのような微妙なテンションの細い縄の上を、僕達は気を付けて歩かなくてはならない。
 なんとなくだが「これからはFab2.0だという言葉を聞いた時」、FabLabという言葉は微妙なテンションの細い縄から確固たる鉄筋の橋に変わりつつあるような気がした。それは窮屈さに似ている。
 
 その窮屈さは、少なくとも2つの観点から言える。
 1つは、Fab2.0がFabLabネットワークの中から自然発生して共有された概念ではなく、示唆とはいえ一部の人から宣言されたこと。
 2つ目は、Fab2.0の延長にある、人道支援や教育や環境問題やイノベーションといった「善良さ(と最近の社会ではされているもの)」が結構大きな声で叫ばれていたこと。
 誤解されると思うので書いておくと、僕は別にこれらを批判するつもりはない。特に2つ目に関してはきっと良いことなのだろう。それに嫌ならFabLabをやめればいいだけの話だ。ただ、FabLabはある特定のベクトルを持っていて、そこへ向かい進んでいるのだなと思った。丁度、FAB12前日にMaker Fairで見たなんでもありで闊達なMaker movementとは別の事象ではあると思う。Maker Movementは截拳道に似ているが、Fabは太極拳のようなものを目指しつつあるように見えた。
 
 深センが如何にMaker達の支援とイノベーションに力を入れているかとか、オブジェクト指向ハードウェアといった話を聞いたあと、余興として会場中で大量の毛糸の玉をあちこち投げ合うということが行われた。飛び交った毛糸が絡まり合って、それがまるでFabricationのようだということだと思うが、僕はみんなで何かさせられることに嫌悪感を持っているのでこういうのは御免被りたい。
 毛糸休憩のあと、Global Humanitalian Labなどの発表があり午前は終了。

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 昼からは「電気やガスを使わずになるべく快適にすごせる家」についてのワークショップに参加しようと思っていたのだが、待てど暮らせどワークショップ主催者はやってこないし、誰かがオーガナイザーの方へ確認しにいったが結局状況は分からず。「じゃあ、どこか他を当たる」と人々は去り(とは言っても、もともと人気がなくて2人だけど)、僕とイギリス人の男二人だけがその場に残った。どうして残ったのかというと、そのイギリス人が「電気やガスを使わずになるべく快適にすごせる家」どころか「電気やガスを使わずになるべく快適にすごせる村」を作るプロジェクトを推進していて、それを議題にして色々話そうということになったからだ。
 彼の名前を仮りにピーターだとすると、ピーターとはこのやり取りの中でかなり突っ込んだ話をしたと思う。水や有機物の循環について、お互いに注目しているテクノロジーやスタートアップ、書籍などの情報交換を行いながら話した。さらにピーターのプロジェクトは実際に動いているので、その写真なども見せてもらった。この過程で、僕はときどき親しい人には話しているある計画について、自分は意外と真剣にそのことを考えているし、これはきっと数年後に本当にやってしまうのだろうなと気付いた。これまでの自分の人生を振り返ると、いつもなんとなく思っていることを数年後、忘れた頃に本当にやっていることが多い。「あっ、そういえばこれって何年か前に思ってたことだな」と、ある瞬間に自分のしていることを認識する。どうやら流行りの「即行動、素早さこそ全て」みたいなタイプではないようだが、かといって何も実現しないということもない。FabLabに関しても、知ったのは5,6年前で、3年前の横浜FAB9には友達がいるからという理由でシンポジウムだけ聞きに行って、FabLab関内のオープニングパーティーに場当たり的に参加した。今僕はFabLab世田谷に所属していて、比較的近いFabLab関内の人達にはお世話になっているし、FAB12にはシンポジウムだけではなくフルで参加させて貰っている。
 多分、僕は今考えていることを本当に実行へ移すだろう。すぐではないかもしれないがそうなるのだろう。ピーターとの議論で、自分の持っていたアイデアが実は自分にとって結構な大きさだと気付いたことは1つの収穫だった。

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 続けて、たぶんFabLabバルセロナ辺りの人達がやっていた、ファブリック系のワークショップへ行った。
 FDM方式の3Dプリンタで布の上に何か印刷してるだけだと思っていたが、他にもコンブチャを使って革のようなものを育てていたり、自分の形のトールソーを簡単に作る方法を模索していたりと広がりがあった。
 
 夕方からはホテルのプールに移動してプールパーティーの予定だったが、天気が良くないということで室内に変更。同じ場所なので、まるで昨日の夜かのように既視感のあるパーティーになった。

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