連載小説「グッド・バイ(完結編)」24


(注)この連載についての説明は第一回目の冒頭にあります。
   第13回目までは太宰治が書いたものです。

・困惑(一)

「あら、田島さんじゃないの。」
 ドアから顔を覗いてキヌ子が言った。田島は右手を抑えてウグググと気味の悪い声を出しながら蹲っていて、眼鏡も床に落ち、なんだがかわいそう。
「ものすごい剣幕で誰か来たから、強盗と思ってドアに体当たりしたの。」
「き、きみね、、」
 田島はそれが精一杯。
「なに、痛そうにして、そんなに大袈裟にして、さては治療費を貰うつもりだな。」
 怪訝な顔でキヌ子は田島を見下ろしている。
「お、大袈裟とはなんだ、これは、もう骨まで折れたに違いない。手がどうにかなったらどうしてくれる。」
「これくらいどうにもないわよ。手加減したのに」
 手加減? あれで手加減? 田島は痛みに歯をくいしばる。
「あんまり強くして、ドアが壊れたら大家さんにいくら修理賃言われるかわからないから。」
「ひっ、血、血が出ている。これは、君、どう責任とってくれる。」
「責任なんて、あなたがドスンドスンやって来て急にドアを開けるのが悪いんじゃないの、知ったこっちゃない」
 あー、キヌ子を怯え上がらせてやろうなんて思ったのが間違いであった。このご時世、女一人の部屋に、脅迫の音をわざと立てて近づいたのは田島。急にドアを開けたのも田島。もう手が痛くて気持ちがしょげて、甲から血も出てるし。とりあえず、包帯でももらって。いや、ちょっと待て。キヌ子を驚かしたのには訳があった。えーい、この泥棒、ぬけぬけと、あら田島さんじゃないの、なんて。
 田島はようやく立ち上がって、「もう、手はいいです、ちょっと包帯だけ下さい。それでね、あなた盗んだな。」
「へっ、何のこと?」
「知らないふりをしても駄目だ、知っているぞ」
「盗むなんて、人聞き悪いことを。お金でもなくなったの? どうせあなたのことだから、どこかで酔っ払って使ったのを覚えていないんだわ。都合の悪いことだけ忘れて。お金がなくても包帯のお金は払ってもらう。」
 とぼけて、自分の負わせた怪我の包帯代まで払わせようなんて、このとんだ強欲。