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西海岸旅行記2014夏(50):6月19日、ロサンゼルス国際空港、僕は帰るのが嫌いだ

 左手に沈みゆく太陽。深まる夕暮れの中、湾岸道路を北上してロサンゼルスを目指した。音楽は掛けていないし、ラジオも点いていない。別に感慨に浸っていたわけではなく、iPhoneの音楽はチャイニーズ・シアターで全て消去していたし、ラジオも最初はいいと思ったけれど2日経つと同じ音楽ばかり流れていることが分かってウンザリだった。それに僕は音楽のないドライブが結構好きだ。車体の風切り音や、タイヤと地面が起こすノイズ、エンジン音。音ではないけれどイメージされる精巧なメカニズムと、そこら中に掛かっている強力な力、応力。1トンの物が時速100キロで走っていて、それをゴムタイヤの摩擦ごときで制御できているなんてウソみたいだ。
 雨の中でさえ。

 もっとも、今日もカリフォルニアの空は快晴で夕方の色合いだって光伸びやかなクリアネスはどこまでも。
 日本へ帰るのか。
 アメリカはどうしてかグッと来なかった。異国を訪れた日本人の典型のように、「日本はかなり過ごしやすい国だ」ということも認識した。僕のセンスはどうしようもなくアジア人で、アメリカの合理的できれいな街並みや店舗はどうにも寂しいことがわかった。僕が好きなはずの大きなモールやモダンな建物が、そればかりだとどうにも居心地悪いことも分かった。車は便利だし大好きだが、車社会は寂しくて、面倒くさくて乗りたくない電車に付随する「駅前」の雑踏が恋しかった。
 それでも当然のように、帰るのは寂しい。詰まらない。たった二週間のうちに旅行がすっかり日常になっていて、京都は既に夢の向こうみたいだ。

 帰る、という行為が僕はたぶん嫌いで苦手だと思う。
 旅行には終わりがあり、帰るという行為が宿命付けられている。だから僕は旅行が好きじゃない。きっと、今まであまり旅行へ行かなかった理由はこれだと思う。
 帰りたくない。戻りたくない。空間的にも状態的にも、僕は帰ることが嫌いだ。出たら、もう戻りたくない。軸付近を振動するような人生は送りたくない。振幅が一時的にどれだけ触れようとも、また戻るのは嫌だ。単調増加がいい。発散へ向かい単調増加。次数は高けりゃ高いほうがいい。

 どこかの国から飛んで来たり、どこかの国へ飛んで行く飛行機の姿が見えるようになる。道路標識にはLAX、ロサンゼルス国際空港の文字が読める。10日間お世話になったこのフォルクスワーゲンともそろそろお別れだ。フリーウェイを下りて、目に付いたガソリンスタンドでガソリンを入れる。前にも書いたように、僕のカードは機械に通らないのでわざわざ下りてレジまで行かなくてはならない。空港の近くのスタンドだからか、売店のレジははじめてみるような行列だった。並ぶしかない。
 ガソリンを入れ終えて、レジでお釣りを貰い車に戻ると、ホームレス風の男がやって来た。

「乗せてくれないか」

「駄目だよ、悪いけど」

 彼はあっさりと僕の車を離れ、次に隣の車を当たった。どこへ行きたかったのだろうか。

 エイビスのレンタカー返却場所をまだ調べていなかったので調べたところ、空港からはちょっと距離のある場所だった。時間にそれほどの余裕はなくなっていたので少し焦る。マップに目的地をセットするのが面倒だったので、「まあ分かるだろう」とスタンドを出たものの、道はやや入り組んでいて分かりにくい。間違えて空港の方へ入りそうになり、グルっと出てくればいいかと入ったのが失敗だった。予測してしかるべきだし、クミコを送ってきた時にもそうだったわけだが、空港の中は渋滞していてこっちへ行きたい車とあっちへ行きたい車が交錯しひどいことになっている。

 やっと空港を抜けて、レンタカー返却の道路サインも見付け、エイビスの返却上へ着いた。入り口には例によって、「入ることはできるが出ることはできない」曲がったスパイクが敷かれている。
 返却自体はあっさりしたものだ。係の女の子がやってきて車の窓に白いマーカーで何かを書く。それから携帯端末を操作してレシートをくれて終わり。

「空港へはどうやって行くのかな?」

「あそこからシャトルバス出てるわよ」

 バスには15人程の乗客が乗っていた。出発してしばらく、空港が近づくと運転手が「みなさんどこの航空会社に乗るか教えてください」と言う。アシアナに乗るのは僕1人だった。みんな疲れた旅行者なのか、バスの中は静かだ。誰かのスーツケースが車内を滑って、それを止めて上げたおじさんに持ち主の女の子がお礼を言う。会話はそれくらいで、バスはすぐに空港へ入った。

「アシアナはここだよ」と運転手がバスを駐めて、僕はバスを下りた。

 自動チェックインの機械にアシアナは入ってないのでカウンターへ向かう。アシアナは韓国のエアラインでカウンターに並ぶ列には韓国人が多い。飛び交う韓国語を聞くとちょっとホッとする。チェックインが済むともっとほっとした。なんだかんだ言って、帰りの便を間違えていることに気付いたのは6時間前なのだ。
 改装したのか、やけにきれいな空港の中を一巡りし、それから僕はソファに座ってやっぱりラップトップを開いた。