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西海岸旅行記2014夏(45):6月17日:カールスバッド、巨大資本チェーンと地方と再会

西海岸旅行記

 パサデナを出てから、悪名高き世界最大のスーパーマーケット、ウォルマートへ寄った。
 ウォルマートは一時期、出店地域の小さな店を壊滅させることでかなり批判されていた。出店計画を発表すると地域住民が反対運動を起こしたりする。僕は、こういう批判には反感を持っていた。地域に根ざした昔からの商店街なんかが潰れるのは、そこに魅力がないからだ。

 日本の、どこか知らない街に初めて下り立った時、駅前の商店街を通ることがある。一見レトロな雰囲気が魅力的に映ることもあるが、中へ入れば大抵の商店街は死んでいる。別に近所にイオンモールができて価格競争に負けて死にそうになっているわけではない。店はレトロも何も、ただ手を入れるのが面倒で昔のまま放置されていて、店先に並べてある商品もいつ仕入れて誰に向けて売っているのかわからないようなものばかりだ。廃れていくだろうという諦めしか感じられない。駅前という地の利だけで食べていてそこに胡座をかいていたツケだ。駅前にあるのに廃れていくというのは、商店街の店にどれくらい魅力がないのかを端的に表わしている。こんな便利なところにあるのに、誰も寄り付かない。「昔ながらの商店街が素敵」という人は、本当にこんなとこで買い物してるのだろうか。

 そんな店より、たとえビジネスの歪が見え隠れしようが、どんどんと新しいアイデアを展開してくる大資本の店が魅力的なのは当然だ。大型スーパーは人情がない。商店街には会話と人間味が溢れている。みたいな話はどうでもいい上にはっきり言ってウソだ。別に大型スーパーの中でだって人と人のコミュニケーションは禁止されているわけではないし、実際に常連のおばあさんとパートのおばちゃんが話をしたりもする。商店街は外で立ち話だけれど、大型店は全館エアコンが効いていて休憩スペースもある。

 それに、日々の買い物とコミュニケーションは切り離したい人だって多いのではないだろうか。僕だったら、大根を買いに行くたびにいちいち「今日は暑いですね」とかどうでもいい話をしたくない。特に疲れていてさっと買い物を済ませたいときに、いちいち話掛けられたら堪らない。人々の言う「人間味溢れるコミュニケーション」というのはこういうものなのだろうか。別に買い物と「コミュニケーション」をセットにしなくてもいいのではないだろうか。だいたいそんな会話上辺だけだ。それよりも、安くて便利な「人情味のない」買い物であれこれ買い込んで友達のパーティーに行く方が何倍もいい。コミュニケーションはパーティーの方で取る。
 シェアハウスだって同じだ。住むのはプライバシーの確保された家に住み、コミュニケーションはどこか別の場所で取る。バーでもカフェでもパーティーでもクラブでも何とか教室でも道端でも、人とコミュニケーションを取る機会や「出会い」とかいう安物は、そこら中に溢れている。
 僕は「出会い」とか「つながり」とか言わない人と、たくさん出会って繋がっているし、そういう関係でないと気持ち悪い。

 ちょっと話がずれた。
 小さなショボイ商店街より大型スーパー万歳だった僕も、今回アメリカで同じようなチェーン店しかないことにウンザリした。だから今は、これからどういう風になって欲しいのか良く分からない。やる気のある小さな素敵な店がたくさんできれば良いというわけでもないような気がする。

 ウォルマートで少し買い物をしてから海沿いへ出てパシフィック・オーシャン・ハイウェイを南下する。1時間半程南へ下がったカールスバッドという街に友達が住んでいて、今日は彼の家に泊めてもらう予定だった。ロサンゼルス中心街から離れていくせいか、建物も減ってビーチも開放的で、人も少なくなっていく。太平洋は当たり前だけどだだっ広く広がっていて、落ち着いた雰囲気がなんだか寂しい。
 考えてみればカルテクに行った時から既にそうだったのかもしれない。僕は一人旅ができないので、1人で観光のようなことをしてもどんどんと気が滅入ってくる。休憩がてらに展望ポイントで車を駐めて、海岸沿いにいるリスや海を眺めていても、基本的には感傷的な気分が深まっていく。何か特別な目的でもない限り、僕には1人で出掛けたい場所がない。

 この沈んだ気分は、友達の家の近所にあるモールで最高潮を迎えた。
 彼は、マックンという名前で僕の京都での修士時代同期。かなり優秀な男だ。ある企業の研究所に入ったかと思えば数年前に「なんかカリフォルニアに行くことになったよ」と言ってアメリカへ引っ越した。夕方には仕事が終わるということだったので、少し早く彼の家の近所に着いた僕はモールで時間を潰していた。シネコンが改装中の寂れたモールだった。広いけれど人がほとんどいない。別に買い物をするつもりもなかったけれど、こういう時アメリカの地方都市ではモール以外に行くところがない。アイスクリームか何か食べるつもりが、照明さえ薄暗いような寂れたモールの中では注文する元気もなかった。

 結局、ソファに座ってラップトップを開くことになる。幸いにも30分もしないうちにマックンから電話が掛かってきた。アメリカのうらぶれた地方のモールでマックンからの電話を取るのは不思議な気分だったがほっとする。家の詳細な場所を教えてもらって、彼が帰宅するころを見計らい家へ向かうことにした。
 モールを出て、しばらく車を走らせると、広い道路の道端に見慣れた姿。実は先月大阪で会ったばかり。

「いやいや、良く来たね」

「もちろん、3日ばかり宜しく」

 流石というかなんというか、彼の住んでいるアパートは家賃20万弱でプールもジムも付いていた。京都の基準では、部屋自体が20万円分の広さに相当するかどうかは分からないけれど、この辺は安全な地域で家賃が高いのだという。

「別のもっと安いところもあったけれど、一応安全を買ったよ」

 部屋の中を一通り案内してもらって、「今日だけは僕に奢らせて、いかにもアメリカなレストラン行こう」と、いかにもアメリカンなデカいレストランへ連れて行ってもらった。定番のイカフライをはじめあれこれ食べて10種類の地ビールを飲み比べる。ふと我にかえると、京都からうんと離れたアメリカの地方都市で、こうして2人でご飯を食べているのが夢のように不思議だった。それだけで何が起こるか全然予測不可能な僕達の人生にクククと笑いが込み上げてくる。