西海岸旅行記2014夏(44):6月17日:カリフォルニア工科大学、残り物のピザを食べる


 翌朝、寝不足の体にシャワーを浴びてホテルを出た。11時にはロサンゼルス国際空港にクミコを送り届けなくてはならない。駐車場のフォルクスワーゲンは無事だった。オッケー、これでこの若干危なっかしいホテルはクリアだ。今日もロサンゼルスの空はこれでもかという快晴で、寝不足の頭脳には光がキツイ。昨日の残りのコーヒーを紙コップからガブガブと飲んで、サングラスを掛けた。
 少しだけ時間があったので、トレーダー・ジョーズへ寄って、クミコがこまごまとお土産になりそうなものを買う。ちなみに、僕はお土産をまったく買わない質で、昔は恋人の誕生日プレゼントすら買わなかった。人に物を上げて喜んでもらいたいという感覚が欠如しているのだと思う。もしもみんなが演技や建前でなく生きているのであれば、僕はいくつかの点で「人間味」だとかいうのを欠いた存在なのかもしれない。

 手荷物検査の列に吸い込まれていくクミコを見送り、駐車場へ戻ってすっかり愛着の湧いてきたフォルクスワーゲンに乗った。ドアを閉めるととても静かだ。助手席に誰もいないのは変な感じがした。クミコとは10日間ずっと一緒だったので流石に少し寂しい。エンジンを掛けてエアコンを入れる。それからiPhoneを取り出してグーグルマップを立ち上げた。目的地はカリフォルニア工科大学

 カリフォルニア工科大学、通称カルテックは憧れの大学だった。リチャード・ファインマンもここの教壇に立っていた。トランジスタを発明したショックレーもここで教えていたし、インテルを興したムーアもここの大学院生だった。クォークというアイデアを提出した理論物理学者ゲルマン。フラクタルを提唱したマンデルブロ。電気素量を測ったミリカン。それから倫理的な問題をさておきロスアラモスでマンハッタン計画を主導したオッペンハイマー。数々の科学者を輩出している、カリフォルニアという恵まれた環境にある大学。実際にファインマンカルテックの環境の良さを理由に別の大学からのオファーを断わり続け
、ここに30年もいた。

 この旅行記の最初に書いたように、僕は別にカルテックで研究生活を送るということに対して本気ではなかったのだろう。さらにアカデミックから下りた今となっては、キャンパスを見に来たって仕方ないけれど、近所まで来たわけだから気にならないわけがない。
 空港からカルテックのあるパサデナまでは、車で40分程度の距離。
 パサデナに入ると、まっすぐな道路沿いにきれいな家が並んでいる。寂しいくらいに明るくてきれいな住宅街の中、カルテックの小さなキャンパスは控えめに構えられていた。ノーベル賞受賞者を多数出していて世界に名を轟かせる名門大学にしては拍子抜けするくらいに小さなキャンパスだ。ちなみに、ドラマ"The Big Bang Theory"の登場人物達はパサデナに住んでいてカルテックで研究をしている設定になっている。

 ビジターセンターを訪ねてツアーみたいなものに参加する手もあるのだろうけれど、別にそんなことしたくなかったし、かといって特別に訪ねたい研究室があるわけでもなかった。なんだかんだ言って僕は何かの終わりを確かめに来ただけなのかもしれない。夏休みで人の疎らなキャンパスを一周して、特に何をするでもなく僕は大学を後にした。
 道端に駐めていた車に戻ると、急に空腹を感じる。もうお昼はとっくに過ぎていて、今日は朝から何も食べていないから当然だった。そういえば、バックシートには昨日のCheesecake factoryの残りがあった。丸一日立っているし、車の中は暑い。まだ食べれるだろうか。恐る恐るドギーバッグを開けてみると、サラダは完全にベチャベチャになっていたものの、ピザとフライドポテトはまだ大丈夫そうだった。まあいいや、これを食べよう。

 エアコンを付けて車の中で昨日の残りのピザを齧る、そんなランチは見窄らしいし可愛そうだと思う人もいるかもしれない。けれど、僕はそういうのがまったく平気だ。あまり食べることに熱心になれない。基本的には食べるのは面倒だと思っていて、食べないと死んでしまうので義務的に食べているというところが僕にはある。美味しいものを食べるのは嬉しいし、アイスクリームが食べたくなって買ったりもするけれから、いつもいつも完全に100%どうでもいいとは言えないが、8割方食べることはどうでもいい。なるべく手軽に簡単に最短距離で食事は済ませたい。好きな食べ物は「簡単に食べれる食べ物」。カロリーメイトを毎日食べていて健康に暮らせるならそれでもいいくらいだ。
 それから、残り物のピザだってそれなりに美味しい。これはきちんと書いておこうと思う。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
岩波書店