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西海岸旅行記2014夏(43):6月16日:ロサンゼルス、ウエストコースト・ジャパニーズ


 ベニス・ビーチを一頻りウロウロしてから、車を1時間ほど走らせて小高い丘の上にある住宅地へ向かった。クミコが昔住んでいた家があるのでその前で記念撮影をする。
 それから、夕食の約束があったのでレドンドビーチの駐車場に車を駐めた。レドンドビーチは日本でも流行ったドラマ"The O.C."のロケ地でもある。賑わう桟橋でカオリさんとナオキさんと待ち合わせ、そのまま桟橋にある海鮮料理屋で夕食にした。店は韓国人が経営する威勢の良い所で、カニをハンマーで砕きながら食べるのが名物になっている。まだ"Cheesecake Factory"を出てから3,4時間しか経っていないので、僕もクミコもやや満腹という腹具合だったけれど、カニとかエビとかカキをこれでもかとご馳走になった。
 二人共、西海岸に憧れてずっと昔、日本からLAへ引っ越してきたということだ。本当の本当に当たり前のことだけど、人には色々な生き方がある。

 僕はこれからどうしようか。
 人には色々な生き方があると、肌身で分かるようになったのは、実は結構最近のことかもしれない。色々な生き方、というときの「色々」の中身が、所詮は僕の想像可能な「色々」でしかなかった。その外側の存在を、実感してはいなかった。

 自分の想像可能な範囲や視野のことを考えると、必ず高校生だった頃を思い出す。
 心の底から恥ずかしいのだけど、僕は普通科の高校なんかに3年間嫌々通っていた。それも進学校気取りの男子校でなんの楽しみもない高校に。どうして高校なんかに行っていたのかというと、当時の僕は高校に行かないと人生が終わると思っていたからだ。まだ1990年代の後半に入ったばかりで、インターネットは全然普及していなかった。ネットがあれば僕は高校には行っていないし、たぶん中学校にも行っていないし、小学校にも行っていない。あれは多大なる時間の無駄で得るものは余計なストレスだけだった。

 昔気質な男子進学校にふさわしく、僕の高校ではバイクに乗ることは禁止されていた。バイクに乗っていることがバレると退学になる。
 高校を卒業して2,3年した頃、中学校の同級生が結婚したのだが、その二次会で、僕は同じ高校を退学した男に会った。彼は「バイク乗りたかったらか退学した」とあっさり言った。その後オーストラリアに引っ越して自動車関連の仕事をしているということだ。
 話を聞いて頭を殴られた気がした。完敗。僕はなんて愚かだったんだ。毎朝、嫌だ嫌だ嫌だと思いながら、それでも高校をちゃんと卒業していい大学に行かなくてはならないと思い込んでバスに乗っていた自分が間抜けで愚かでバカでかわいそうになる。当たり前の話だが、高校なんか行かなくても人生は終わらない。特に今なら尚の事。同じ轍は二度と踏まない。

 その日ちょっと体調の悪かったナオキさんと桟橋で別れ、僕達3人はそのままコーヒーショップと日本人経営の居酒屋をハシゴした。日本語の通じる日本人のネットワークは、どうしても心地良い。同郷だとかそんなのどうでもいいことのはずなのに、どうしても心地良い。店の中はまるで日本。カオリさんがとても聞き上手な人なので、ついついあれこれ話しながら焼酎やワインを飲んでしまった。  
 彼女は僕より少し年上だ。年齢の話になったので、歳というのは「残り時間は分からないから、便宜上、生まれてからの時間を目安で採用しているだけ」という自説を展開する。人はいつ、何歳で死ぬか分からない。20歳の人間が、30歳の人間よりも10年長い残り時間を持っているとは限らない。

 僕がしっかりお酒を飲んだので、帰りの運転はクミコにかわってもらった。カオリさんを家まで送り、僕達はホテルへ戻る。幸いというか、実は人気がないホテルなのか、深夜を過ぎても駐車スペースは空いていて、車上荒らしにあっていた車もなくなっていた。部屋の中は無事で、僕達の荷物がそのまま置いてある。クミコは明日の昼日本に帰るので、急いでパッキングをはじめた。僕はまだこっちに残るけれど、クミコにとっては旅の終わりだった。旅の終わりにはいつも余韻なんてない、そこにあるのはいつも慌ただしいパッキングだけだ。

ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈1〉 (新潮文庫)
小林紀晴
新潮社