西海岸旅行記2014夏(36):6月15日:ロサンゼルス、不機嫌で無口のチャイニーズシアター


 結局、僕達がホテルについても彼はまだで、しばらく待つことになった。とことん機嫌の悪い僕は、タカヤマ君が現れて挨拶してくれても、申し訳ないけれどあまり愛想のいい挨拶は返せない。おまけに彼とクミコは大学の同期なので、僕の知らない何とか君と何とかちゃんが今は付き合ってるとか結婚してるとかどこで働いているとか、そういう話にどうしてもなる。でなくても、彼は今長い旅の途中なので、ブラジルはどうだったとか、チリはどうだったとか、旅の話を聞かされることになる。

 この日は僕の機嫌が最悪だったというのもあるとは思うけれど、基本的に旅の話は聞いても全然面白くない。人の旅の話なんて別にどうでもいい。「どこどこに何とかという街があって、そこでなんとかというのを食べたらすっごい旨くて、それがしかもこーんな皿に大盛りで新鮮なのにたったのいくら」みたいな話を聞いても、それでどうしろというのだろう。しかもこの「いくら」のところには、その国の通貨の単位が入るので、聞いてもどれくらいの値段なのか分からない。通常では、「ふーん、いいなー、僕も食べてみたいなー、その300ペソって日本円でいくら位なの?」という風に会話が進行していくことになっているのだろうけれど、完全にどうでもいいので僕は「ふーん」しか言わない。
 どこどこ行ったら綺麗だったとか、良かったとか(良かった?良かったってどういう意味だ?なんだそれ?)、そんなの聞いても全然面白くない。

 ちょっと待て、人の旅行の話は聞きたくないと言いながら、お前は今ここに旅行記を書いているではないか、一体どういうことだ。という指摘があるかもしれないが、「旅行の話をちょっと聞く」のと「書かれた旅行記」は全然違う。僕は旅行記を読むのは好きだ。旅行記には、単なる事実以上のことが書かれている。あとで調べて加えたその街の歴史とか、著者の考察とかが入っている。体験をベースラインとしたものにデータと思考が乗ったものを読むと、自分も旅をしている気分になれる。でも、ペチャクチャ交わされるおしゃべりにはそういうのがない。もしかしたらじっくり話を聞けば面白いのかもしれないけれど。

 「もう僕はここで降りるから、車自由に使ってくれていいし、2人でどっか行ってきたら」と、喉まで出掛かっていたのを抑え込み、僕達はチャイニーズシアターを目指した。
 途中で、「ところでユニバーサルスタジオには行くか」という話になる。
 タカヤマ君は明日行くらしい。僕とクミコは少し迷って行かないことにしていたのだが、「なんで?!ハリウッド来てるのにユニバーサルスタジオ行かないなんて、絶対面白いでしょ」と言われたら、まあそれはそうだ。ただ、調べてみても特に見たいものはなさそうだったし、あまりそういうテーマパーク風なところに行くつもりはなかった。

 行くつもりがなかったと言えば、別にチャイニーズシアターにも行くつもりはなかった。手形なんて見ても仕方ないし、スターの名前が歩道に書かれていてもだからなんだというのだ。
 そう思っていたけれど、行ってみると活気があって、いかにも観光地という安っぽい感じが面白い。手形もどうでもいいつもりだったけれど。ジャッキー・チェンの手形が見たくて思わず探してしまう。が、なかなか見つからず、クミコと2人ならともかくタカヤマ君もいるので諦めた。かわりにスティーブン・セガールの手形を写真に撮ってしまう。
 ジャッキーの手形が見れなくて、さらに機嫌の悪くなった僕は、この辺りからほとんど口を聞かずに1人で写真を撮ったりしていた。ところが唯一のカメラ、iPhoneの容量がここへ来て一杯になり写真がこれ以上撮れない。しょうがないので、最初はアルバム毎に音楽を消していたのだが、すぐに面倒になって音楽を全部一括消去してしまう。なにせ僕は機嫌が悪い。お陰で10ギガ分の容量が空いたので、僕はまた黙って写真を撮った。
 カメラがiPhoneだけであることから類推されるように、僕は写真にはほとんど興味が無いので、これはこれで苦痛ではある。

 唯一の救いは、土産物店の片隅に打ち捨てられていたシェルダンの等身大ポップだった。
 打ち捨てられていて自立しないので、手で支えながら一緒に写真を撮ってもらう。この時だけ少し機嫌が回復する。
 後はまあずっと機嫌が悪いので、アメリカの超人気ハンバーガーショップ"In-N-Out"で夜ご飯も食べたけれど、味も何もあったものではなかった。お店は本当に大人気で、店内には人が、駐車場の入り口には車が列を成している。この列が交通を妨げるので"In-N-Out渋滞"なる言葉もあるらしい。
 ハンバーガーを食べた後、タカヤマ君をホテルに送り届けた。態度が悪くて申し訳なかったなと少し後悔する。
 彼を見送ると、「今日はごめんね」とクミコが言った。謝るのは僕の方だろうけれど、僕は自分の機嫌をコントロールするタイプではないのでこればかりはどうにもならない。

「今から、サンタモニカビーチ行かない? まだそんなに遅くないし、リョータ絶対に好きだと思う」