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西海岸旅行記2014夏(35):6月15日:ロサンゼルス、チーズケーキファクトリーを逃す

西海岸旅行記



 リトル・トーキョーの立体駐車場で、僕達は夕方以降の予定を立てた。今日は"StayOn Beverly"というここから車で20分程のホテルに泊まる。とにかくサンタモニカビーチまで行こう。ビーチへ向かう途中に、前述の"Best Buy"に寄って、ビーチからの帰りには、ちょうど帰り道沿いのモールに"Cheesecake Factory"があるから、そこで晩御飯を食べようという話になった。

 ”Cheesecake Factory"は、ケーキ屋さんではなくてチェーン展開のレストランだ。前述の"Best Buy"がドラマ"Chuck"に出てくる家電量販店のモデルであるように、この"Cheesecake Factory"も"The Big Bang Theory"というドラマにそのままの名前で出てくる。主人公達は毎週火曜日にここで夜ご飯を食べる。毎週火曜日に来るのは神経質な変人のシェルダンのせいだ。彼は曜日ごとに何を食べるか正確に決めていて、それを守らないと気が済まない。もしも火曜日の夜にイベントでも入ろうものなら「駄目だ。今日は火曜日。火曜日はCheesecake Factoryの日だ」と拒む。シェルダンは毎回”バーベキューとベーコンとチーズは別にした”バーベキュー・ベーコン・チーズバーガーを頼むので、僕もバーベキュー・ベーコン・チーズバーガーを食べようと思っていた。"Barbecue Bacon Cheeseburger with the barbecue, bacon and cheese on the side"という風に(このドラマはシットコム)、シェルダンと同じオーダーの仕方をしたら、店の人も「わかりました、シェルダン・クーパー博士」という風に冗談で返してくれるかもしれないと思ったけれど、そこまではしなくてもいい。

 漫画とかアニメとかドラマに影響されて日本にやってくる外国人のことを、今までは「その程度のものに影響されて来るなんて。あれは全部フィクションじゃないか」と思っていたけれど、今では彼らの気持ちが良く分かる。映画やドラマに出て来た場所や、それに類するものを見るととても嬉しくなった。「この景色はあの映画のどのシーンみたいだ」などと考えてしまう。
 そして、「物語」というものが持っている力の強さに改めて感服した。物語というのは、いわばタダの嘘っぱちのデタラメだ。小説を書いていると、ときどき「こんなデタラメを書くのに人生を使っていていいのだろうか」と思う。けれど、今回の旅で「いいのだ」と強く肯定できるようになった。物語なしの世界なんて、そもそも考えられない。僕達は子供の頃から、昔話、アニメ、漫画、小説、映画、ドラマなど、様々な形で物語に接して生きている。その全てがない世界なんて、なんて味気ないことだろう。人類は物語を生み出さずにはいられないし、聞かずにはいられない。

 第一目標地点である"Best Buy"に向かって走っていると、ノキアに着信が入った。クミコの友達のタカヤマ君からで、どうやら今日会おうという話になっているみたいだ。彼と僕は面識がないけれど、大学は僕とクミコと同じところだったみたいなので、まったく親近感がないでもない。南米の下の方からずっと長い旅をしていて、ちょうど僕達がロサンゼルスにいるときに彼もロサンゼルスに着きそうだから、運が良ければ会おうという話になっていた。
 電話を切ると、クミコは、

「さっきまで私達がいた辺りで、〇〇ってホテルあったでしょ、あそこで1時間後に待ち合わせになった」

 と言った。

「えっ」

 このサンタモニカビーチ目指して走ってきた30分は一体何だったんだ。予定もすでに完璧なのを立ててたじゃないか。
 今日はCheesecake Factoryの日だ。
 僕は一気に機嫌が悪くなって、このあと5時間くらいはあまり口を聞かなかった。何の相談もなく勝手に決めて宣言されたのも嫌だったし、なんだかんだいってタカヤマ君が男だというのも影響していただろう。もしも女の子だったら、まあしょうがないねとあっさり受け入れていたかもしれない。

 もう"Best Buy"はすぐ傍だったので、そこへ寄ってから引き返すことにした。時間が中途半端に空いたので、タカヤマ君を迎えに行く前に今夜のホテルにチェックインする。"StayOn Beverly"はコリアタウンの中にあって、大きな通り沿いのガソリンスタンドと消防署に挟まれた分かりにくい所にあった。小さなホテルなので余計に分かりにくい。表にある駐車場も車4台分の小さなもので、ホームレスが1人寝ていた。ホテルの客室は20室くらいあるので、駐車場は早い者勝ちというアバウトなシステムになっている。

 このホテルは少し変わっていて、スタッフがいない。玄関も部屋のドアも、メールで送られて来た暗証番号をキーパッドに入力して解錠する。内装もシンプルなのでちょっと未来的だ。人がいないといっても、共同のバスルームや休憩コーナーには手入れが行き届いているので、誰かが巡回したりしているのだろう。メールには「滞在中に身分証を確認させてもらう」と書いてあったけれど、結局は2泊して一度もホテルの人に合わなかった。
 ホテルのスタッフがいないというのは、未来的だし気楽だし僕は結構すきなのだけど、ここに限って言えば治安が悪いという不安があった。大通りに面しているので、まず周囲に人気がない。車はビュンビュン通るけれど、人はいない。まれに見かけるのはホームレスだけで、炎天下で心地良くもないだろうホテルの入り口付近に突っ立ってられると、いい気はしない。と思っていたら、駐車場の車が一台窓ガラスを割られて車上荒らしにあっていたのだけど、それはまた翌日の話。

 ホテルを一通りチェックしたあと、再び車に乗ってタカヤマ君の待つホテルを目指した。帰ってきた時に駐車スペースがあるのかどうか分からないが仕方ない。ホテルに近づいた頃「遅れる。また時間分かったら連絡する」との連絡があったので、僕はまた一段と機嫌が悪くなり、彼からの連絡があるまでロサンゼルス市街を宛もなくウロウロドライブする。それも馬鹿みたいなので、大きめの公園を探してそこで待つことにした。ヒスパニックの人しかほとんどいない区画に、結構大きな公園がある。周りでは人々が歩道に色々な品物を広げて、かなり雑多な感じで売っている。この辺りはかなり人が多いし、車も多い。公園の周囲にはびっしりと車がとまっていて、僕達の駐めるところはなかなか見つからなかった。橋を渡ったり、また戻ったりして、やっと空いているスペースを見付けたと思ったら、図ったようにタカヤマ君から連絡が来たので公園はやめにしてホテルへ向かった。言うまでもないが、僕はもう回復できないくらいに機嫌が悪かった。今日なんてもうどうにでもなれ。