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西海岸旅行記2014夏(27):6月13日:ヨセミテ国立公園、自然保護の父ジョン・ミューア


 これから訪ねるヨセミテ国立公園は、最初は予定に入っていなかった。今回の旅行は、アメリカに移住したいかどうか肌身で確かめることが第一の目的だったので、人々の暮らす街にしか行かないつもりだった。国立公園の自然なんて見たって、暮らしのことは分からない。それにザクッと大雑把には、アメリカの自然も日本の自然もそんなに大差ない。山は緑だし、河の水は透明だ。空は青いし地面は茶色い。違うのはせいぜいスケールと、あとは細かいことだから、わざわざたった二週間の旅行に詰め込まなくてもいいと思っていた。

 けれど、これらの(浅はかな)考えは間違っていた。ヨセミテにはクミコの主張で行くことになったのだけど、彼女の意見が正しかったと認めざるを得ない。ザクッと大雑把には、アメリカの街も日本の街もそんなに大差ない。アスファルトは黒いし、車のタイヤは4つだ。人々は家に住み、店で買い物をする。違うのはせいぜい言葉と、あとは細かいことだ。街にはそれぞれの特色があるが、まあ全部「アメリカの街」で括れる程度の差異だったし、正直なところ僕は街を回るのに飽きてきていた。有名な建物を見物して、店を覗き、レストランでご飯を食べて、宿で眠る。その繰り返しは、旅行を日常の次元に落とし込み、これじゃ別に京都にいても同じことじゃないか、と思う瞬間もあった。
 僕達がヨセミテに行ったのは、そんな気分の時だ。

 ジェームズ・タウンからヨセミテ国立公園までは、だいたい2時間程度のドライブになる。昨日の夜走ったのと同じように、基本的にはずっとど田舎の山道。お腹は空いているけれど、スカッとした快晴の空が気持ちいい。ずっと「ただの田舎道」だったのが、ヨセミテに近づくと赤茶色い岩がゴロゴロしていたり、段々「岩っぽい」雰囲気になってくる。
 さすがヨセミテだ。
 ヨセミテ国立公園は「岩」で有名な国立公園で、特に「ハーフドーム」と名付けられた、ある山の頂きの丸っこい大岩がフィーチャーされている。岩で有名だといっても、グランドキャニオンのように全面的に岩というわけではなくて、樹々が生い茂り、きれいな川の流れる山岳地に所々岩盤が露出している形で、子供たちが夏休みに3週間くらいキャンプに放り込まれるような豊かな自然をイメージしてもらえればそれで大体は正しいと思う。

 公園に近づくにつれ、心なしか樹も大きくなるように見えた。展望ポイントがあったので、せっかくだからと車を止めて外へ出る。
 えー、これはすごい!
 山の合間、遠くにハーフドームが見える。遠くだし小さいし、ただの岩じゃないかと言われたらただの岩だし、名前の通り、ドーム状ではなく「半分だけドーム状」という国立公園を代表するには非常に中途半端な形だけど、その薄い灰色の姿には目を引くものがあった。遠くから見てもこんなにきれいなら、公園の中はどんなだろうか。僕達はまだ公園の中に入ってすらいないのだ。
 ワクワクして心臓がドキドキした。早く行こう。
 アメリカへ来て、二度目のハイテンション。気が急いたせいか、展望ポイントから車道に戻ったら思わず日本のように左車線を走りそうになる。

 そこから公園の入り口までは、ほんのすぐだった。ゲートで20ドル払い、公園に入る。僕達の前に並んでいた車が全部、ゲート入ってすぐの場所に車を止めて、また並んでいるので、一体何だろうかとお金を払いながら聞いた。

「なんで、あそこにみんな止まってるんですか?」

「あそこは案内所だから、そこに行きたいだけだと思うわ」

「別に寄らなくてもいいんですよね?」

「もちろん、寄りたくなければ寄らなくていいわよ。公園楽しんで!」

 サングラスを掛けた彼女はそう言って、20ドルと引き換えに案内の冊子と公園だよりみたいなものをくれた。そのまま、案内所に並ぶ人達を通り過ぎて、ドンドンと進む。クミコが空腹で不機嫌なので、とにかく何かを食べなくてはならない。これまで何時間も田舎を走ってきて、ずっとスカスカの道路を見ていたのが、公園に入って急にたくさんの車が溢れている。
 しばらく行くと、左手に視界が開けて、川の向こうに聳え立つ圧倒的な岩山が見えた。表面は真昼の狂ったように明るい太陽を受けて白く輝いている。「これはすごい」と運転しながら脇見していると、今度は正面に、道の先にももっと高く急峻な岩山が見えて、僕は思わず路肩へ寄せて車を止めた。路肩には何台も車が止まっていて、人々は出てきて写真を撮っている。僕達の前に止まっていたピックアップはトランスフォーマー「サイバトロン」のエンブレムを付けていて、僕はその写真を撮った。

 それにしても、これは圧巻だ。
 「自然保護の父」ジョン・ミューアが居を構えたのも良く分かる。
 このヨセミテをはじめとしたアメリカの国立公園と、アメリカの自然保護活動は、1838年に生まれて1914年に死んだジョン・ミューアに始まる。彼はカナダ、アメリカを主に歩いて放浪し、1868年にヨセミテに住み着いた。当時は西部開拓時代の真っ只中だ。原住民を追い払い、森を拓き、山をブチ壊すのが当然の時代。そんな中ミューアは地質学と植物学の知識を活かして自然保護活動をはじめた。当然最初は孤軍奮闘で、誰も賛同してくれない。ここを乗り切ったのが本当にすごい。周りの人に白い目で見られながら1人で活動を続けることがどれだけ大変なことか、大人になって分かるようになってきた。「人の目なんて気にしなきゃいいじゃん」とはシンプルに割り切れない。40代になっても四畳半に住んでいた園子温監督の「作家が自分の価値観を守り抜くために必要なのは、冗談に聞こえるかもしれませんが、貧乏に負けないことです」という言葉を思い出す。

 徐々に賛同者が増え、1889年にヨセミテ国立公園構想を発表。翌年1890年に公園成立。30歳の若きミューアがヨセミテに住み着いてから、20年以上の歳月が流れている。
 ここからはやっとの快進撃で、1892年自然保護団体「シェラクラブ」発足で、もちろんミューアが会長。1894年に著書「カリフォルニアの山々」出版。1903年、ルーズベルト大統領と二人きりのヨセミテキャンプ。
 「シェラクラブ」という名前を知らない人でも、もしかしたら「シェラカップ」は知っているかもしれない。キャンプなんかでよく使う金属製の小さい鍋で、僕は好きなので家でも使っている。あの「シェラ」というのはこの「シェラクラブ」から来ている。
 大統領と2人でキャンプというのがなんともヘンテコだが、ミューアはこうして自然保護を世に定着させた。
 彼の名を冠した、全部歩くのに1ヶ月掛かるというジョン・ミューア・トレイルというのがアメリカにあるらしい。いつか全部歩いてみようと思う。

 軽食が取れそうなカリー・ビレッジというサイトへ行ってみると駐車場は満車だった。入って行った車がグルグルと駐車スペースを探した挙句に、また道路へ出て行く。これは駄目だ。ちょうどお昼を過ぎてランチタイムだからだろうか。カリー・ビレッジの正面にある駐車場をやり過ごして、迷いながら奥へ進むと、より大きな駐車場があった。そこもほぼ満車状態だったが、奥の勝手に車を止めてはいけないような雰囲気の場所に少し空きがある。もうクミコは限界で超機嫌が悪いのでそこに車を止めてご飯を食べに行くことにした。

 車に乗っているときから分かってはいたが、外はとても暑かった。今回のアメリカ滞在ではヨセミテが一番暑かった。サンフランシスコの寒さに怖気づいて「山はもっと寒いかも」と、急遽買ったパーカーは全く出番が無さそうだ。
 だんだんと感覚が慣れてきたので、もう驚きはしないけれど、僕達が目指して歩いている軽食ハウスの裏側には滅茶苦茶デカい岩山が聳えている。そっちを向くと視界の背景は全部その岩肌なのだが、もう違和感は感じない。ここはそういう場所だ。岩肌は垂直なんじゃないかと思うような角度。ヨセミテにはクライマーの間で有名な岩壁がいくつかあるようで、登るのが大変とか落ちたら危険とかいう以前に、こんな熱いところ本当に登れるのだろうかと思う。

 軽食ハウスのカウンターに並んで、無事にターキーのハンバーガーとフライドポテトを手に入れた僕達は、テラスのテーブルでそれらを食べた。テラスでは例の日本でいうスズメ的なポジションの黒い鳥とリスが人々の食べこぼしを狙ってウロウロしている。かわいいので思わずエサを上げたくなるのだけど、禁止されていて罰金は5000ドルと書かれている。それはもうすべてのテーブルにでかでかと書かれていて、罰金の金額とともにエサをやってはいけない理由も書かれていた。理由は「人間の食べる食べ物は野生動物の体に悪いから」ということだ。リスと同じ哺乳類として、彼らの仲間として、食事をするときに、このフレーズは良く良く思い出してもいいかもしれない。
 「人間の食べる食べ物は野生動物の体に悪い」

アメリカ 国立公園 絶景・大自然の旅 (私のとっておき)
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