西海岸旅行記2014夏(25):6月12日:サンフランシスコ、アーバン・コンシューマーズよ永遠に


 ゴールデン・ゲート・パークを出たあと、パウエル通りのアーバン・アウトフィッターズを目指した。界隈はたくさんお店の並ぶ都市中心部で、入った立体駐車場もほぼ満車。なかなか駐めるところが見つからない。5階か6階にようやく駐車して車を下りると、オシッコの臭いがした。サンフランシスコで最初に嗅いだ印象的な臭いなので、僕の中ではサンフランシスコはオシッコ臭い街だと記憶されてしまう。
 手近にあった安っぽい鉄板の階段で一階までカンカンカンと音を立てて下りると、通りを大勢の人達が歩いていた。さすがにここは人口密度が高い。こうでなくちゃなと思う。

 街に人がたくさんいて活気があって、それは僕達にも影響し、そしてアーバン・アウトフィッターズに入ると僕達はますます元気になった。やっぱりこうドカッと今っぽいものが集められている店がいい。チープだとか消費社会の浅はか野郎だとか、なんと言われても、やっぱり僕はこういうところがいい。「小さなこだわりの何とかのお店」とかには、あまり興味が持てない。別にこだわらなくていいから、ただたくさん商品が見られるようにしてほしい。

 京都には、一乗寺という地域に「恵文社」という小さな有名書店がある。小さなと言っても、隣にあった確か「シューベルト」という名前のケーキ屋の敷地にまで気付いたら拡張していて、奥にはギャラリーもあるし、町の本屋としては大きいのかもしれない。「シューベルト」では、僕が昔付き合っていた女の子が「おいしいよ」と言っていたソフトクリームが売られていたのだけど、結局一度も食べないままになった。恵文社に追い出されてしまったのだろうか。それとも、ただ潰れてしまったのだろうか。

 いずれにしても、僕は恵文社があまり好きではない。店の雰囲気とかテイスト以前に、「本は私達がセレクトしました」というのがなんか気に入らない。こういう小さなセレクト系の本屋は、京都では他にガケ書房とか三月書店とかが有名だと思う。僕はそういう店にはほとんど行かない。自分で読む本は広い選択肢の中から自分で拾い出したいので、なるべく大きな、なるべく普通の本屋へ行く。どんなに大きな本屋でも、この世に存在するすべての本を並べておくことはできないので、取捨選択は必ず行われている。売りたい本は目立つように平積みにする。そこには策略と意図がある。
 それでも広い本屋にバーっと本が並べてあって、そのどれを買っても自分の自由だというのは気分がいい。普段はあまり好まないけれど、本屋に限っては蛍光灯のあの白い明かりがいい。白熱灯を暗めにつけて変にムード出したりしなくていい。蛍光灯のパキッとした光の下で、あれこれ摘み読みして、知らなかった世界を覗いてテンションを上げるのだ。本屋には世界一周航空券なんかより、もっとたくさんの、もっと遠くまでの扉がある。それももの凄い密度で。大型書店では、その高密度のエネルギーに書店空間体積が掛けられて爆発しそうになっている。だから、田舎の子供だった僕は週末に電車を乗り継いで、ジュンク堂へ行って3時間も4時間も過ごしていた。
 誰かの手垢に塗れたセレクションなんて知ったことじゃない。
 書店員がポップを書いて本を薦めてくるのには、いつの間にか当然の顔して挟まれているYouTubeの広告みたいな不快さを感じる。

 アーバン・アウトフィッターズでは、寒いのでいい加減パーカーのようなものを買おうと思っていた。僕達の旅行プランは北から段々と南下するものだったので、段々と暖かくなると思っていたのだけど、この時のサンフランシスコはシアトルよりもずっと寒くて、この先もTシャツの重ね着で乗りきれるのかどうかは疑問になってきた。それに重ね着ばかりしていると洗い替えがなくなる。今夜から明日に掛けては内陸部の山の上、ヨセミテ国立公園方面へ行くし、山の上はもっと寒いかもしれない。
 「旅行中のあまり真剣ではないショッピングでの手頃な値段」では気に入るものがなかったのと、後日ネットで日本から買えばいいという感じで、結局アーバン・アウトフィッターズでは何も買わなかった。

「こうなったら、もう、うんと安いのを、いざとなれば捨てても大丈夫なのを買おうかな」

「さっきユニクロあったけど、そういえば」

「うーん、ユニクロなあ、もう一声」

 ということで、僕達はすぐ近くにあったフォーエバー21へ。
 このフォーエバー21の目の前は、サンフランシスコ名物のケーブルカーが回転する場所になっている。ケーブルカーには運転席が片一方にしか付いていないので、端まで行ったら回転して反対向きに進むというわけだ。僕達が通ったときも、回転台の上でケーブルカーがゆっくり回っていて、周囲に人だかりが出来ていた。まあ、小さい電車が回るだけなんだけど、ぐるっと半周するのを見てから、チープな服を求めて店に入った。無事に十何ドルかで黒のパーカーを手に入れ、レジに並ぶと、3台あるレジのうち2台がクレジットカード専用、現金を使えるのは1台だけで、ああアメリカだなと思う。

なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか(祥伝社新書321)
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