読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

西海岸旅行記2014夏(19):6月10日:シアトル再び、図らずもイチローvs岩隈


 6月10日は11時頃に起床で、12時にチェックアウトという多少慌ただしい始まりとなった。今日は16時18分のアムトラックでシアトルに戻る。
 荷物をホテルに預けて、僕達は昨日閉まっていたポートランド美術館へ行った。ストリートカーに乗るとエースホテルからあっけないほど近い。このホテルの立地はかなりいいのだろうと思う。美術館に入ると、従業員のヒゲモジャのおじさんが、「ここは本当に素晴らしい美術館だから」と色々説明してくれて、彼のおすすめのルートに従う形で僕達は中を巡りはじめた。僕は基本的には現代美術にしか興味がないはずなのだが、ネイティブアメリカンの展示がとても良かった。こちらの美術館は写真を撮ってもいいので、あれこれ写真を撮る。

 美術館へ行く前からすでに空腹だったので、美術館を出たあとはすぐに昨日も訪れたフードカートの集まっている駐車場まで行く。クミコはなんとかというカオマンガイで有名なカートに、日本にいる時から目を付けていたようでそれを購入し、僕は何料理か忘れたけれどフライドポテトとチキンとブルーチーズの料理を買った。僕がこれを注文すると、店のおばさんが誰かを呼びに行く。「ちょっとこの料理は特別ファンシーで特別大きな鶏肉がいるのよ」

 それぞれに遅めのランチを抱えた僕達は、サウスウエスト・パーク・アベニューを3ブロック歩いたところにあるディレクター・パークでそれらを食べることにした。ディレクター・パークは公園と言っても「木と芝」ではなくて、ブロック舗装された地面と噴水、その水を受ける極々浅い池、大きなガラス屋根で構成されたスーパーに人工的な空間だ。都市におけるビル群のボイド。ここもワンブロックに収まっているのでそれほど広くはない、それに日除けのはずの屋根がガラスで透明では日光が辛いようにも思えた。さらに僕達が行ったときは、公園の隣にビルを建てている最中で工事の音もそれなりに騒がしかった。だけど、ここは不思議と心地良い。テーブルの上にカオマンガイとブルーチーズポテトチキンを広げて、むしゃむしゃと食事をする。
 そうこうするうち電車の時間が近づいてきた。

 エースホテルに戻って荷物を受け取り、ポートランド・ユニオン駅まで歩いた。駅周辺は昼間でも微妙に危なっかしい雰囲気がする。
 それでは、さようならポートランド
 
 今度のアムトラックは、ポートランドへ来た時の車両よりも座席がゆったりしていた。オレンジジュースを買いに食堂車を通ると、屋根まで窓が付いていて本当にきれいだった。通路を挟んで僕達の斜め前に座っている夫婦の、さらにその前に1人で乗っているおじいさんが話好きで、立ち上がって後ろを振り返っては延々と夫婦に話し続ける。僕達の前でなくて良かった。やはりスタンド・バイ・ミーを連想する森を走り続け、やがて海が見えてくると車内アナウンスが吊り橋事故の話をはじめた。僕達は、当時世界3位の長さを誇るも1940年に風に煽られて崩壊してしまった有名なタコマナローズ橋の近くを通過していた。今は新しい橋がかかっているけれど、落ちてしまった古い橋の残骸は今もなお海底に沈んでおり巨大なタコの巣にでもなっているのだろうという話だ。

 シアトルへ到着予定時刻は20時37分だったはずが、実際には一時間くらい早くシアトル・キング・ストリート駅に着いた。駅に着く直前、電車の窓からは再びセーフコ・フィールドが見えて、今日はなにやら明かりも灯っていてゲームが行われているようだった。僕は野球にもメジャーにも興味が無いけれど、なんだかそわそわしてくる。検索してみると、ゲームはマリナーズヤンキースだった。しかもマリナーズは岩隈が先発で、今この瞬間岩隈はマウンドに立っているようだ。さらにヤンキーズ側はマリナーズから移籍したイチローが8番で出場している。つまり、この目の前にある巨大なスタジアムの中では今夜、岩隈vsイチローが見れる。
 僕は野球に興味がないし、実は岩隈なんて顔も知らない。
 なのに急激にテンションが上がって、電車に3時間乗っていた気だるさも一気に吹き飛んだ。
 ちょっと待て、どうしたってことだ、メジャーの日本人対決が見たいなんてお前は低俗なナショナリストか。
 でも、見たい。どうしても見たい。これは見るしかない。

 アメリカに来て初めてハイテンションになった。
 まさかメジャーリーグで、とは思うけれど、もうワクワクして止まらない。

 今夜もまた馴染みのグリーン・トータス・ホステルに泊まる予定だったが、そこまで荷物を置きに行っている暇はないので、キング・ストリート駅で預かってもらえないか聞いてみることにした。窓口で、メガネを掛けた細面の黒人青年に「マリナーズのゲームが見たいので、荷物を預かってもらいたい」と言うと、彼はニタッと笑って「オッケー、本当は預かり賃もらうけれどもう無料でいいよ。この窓口も21時に閉まっちゃうんだけど、それまでに試合終わるかわからないし、遅くなったら、その辺の黄色い服着てる人探して荷物出してもらって、それなら11時まで大丈夫だから。楽しんで!」と、笑顔でキャリーバッグを預かってくれた。
 
 アメリカに来た気分がやっとした。
 メジャーのゲームと、チームを愛する地元の人々というステレオタイプが、そんな安っぽいものが、僕の中のアメリカスイッチをオンにして、アドレナリンが血中を駆け回る。
 スタジアムへ急げ、ゲームはもう始まっている!
 自然と速くなる足取りと、僕のチープに成立したハイテンションをクミコがクスクス笑う。
 セーフコ・フィールドに向かってたくさんの人が歩いている。
 ダフ屋、飲み物売り、歌を歌い小銭をせびる子供たち。
 ゲームが見たいのに5ドル足りない、5ドル下さい、そしたらマリナーズに関する質問なんでも答えます!
 ゲームに向かう人々、ゲームを利用する人々。
 輝くスタジアムに群がる夜の我々僕ら私達。

 チケットを買い、形だけの持ち物チェックを受けてスタジアムへ入った。
 僕は何度も書いているように野球に全然興味が無いので、日本でもプロ野球の球場へ入ったことがない。だから比較できないのだけど、スタジアムの中にはこれでもかと溢れんばかりの人々がいて、これでもかとたくさん並んでいるお店でビールやホットドッグを買っていた。歓声と群衆の織りなす賑やかさがものすごい熱気になって空間を突き抜ける。僕も短めの列に並んでビールを買う。なんとなくポートランドから来ているという屋台で、一番で大きいビールを買った。

 席に座ると、眼下にはきれいに整備されたグランドでゲームが行われていて、巨大なバックスクリーンには様々な情報が流れている。スタジアムの外、正面ずっと遠くにはスペースニードルが見えて、太陽の沈み行くシアトルのビル群が艷やかに広がっている。空には飛行機が飛んでいて、きっとシアトル・タコマ国際空港へ下りるところだろう。シアトルへようこそ。なんて美しい街へ。

イチローの流儀 (新潮文庫)
新潮社