西海岸旅行記2014夏(11):6月8日:ポートランド、それ程は大きくない橋を渡る




 6月8日のはじまりは、まだ外も真っ暗な早朝で、一体何時だったのかは分からない。クミコが「痒い」と言って僕を起こした。旅先のベッドで痒いとなると一番に浮かぶのはダニだかノミだか、そういう類の虫だけど、僕はなんともなかったし、何かに刺されたようにも見えない。
「そういえば私、軽い猫アレルギーみたいなのあるけれど、でもそれは引っかかれたり噛まれたりしないとなんともないし、こんな風になったことない」
 体のあちこちに広がっている盛り上がった赤みに、僕は見覚えがあった。これは蕁麻疹だ。

 高校生の一時期、僕は蕁麻疹に苛まれていた。朝方やお風呂あがりに、体の柔らかい部分、内ももだとかお腹にひどい蕁麻疹が出ていた。今から思えばあれはヤブ医者だった気もするけれど、医者は塗り薬をくれるだけで、そんなものは気休め程度にしかならない。当時はネットもなくて、困った僕は自分でお灸を試みて、そして蕁麻疹は治った。
 この蕁麻疹をお灸で治した話は、自分でも良く出来過ぎていて記憶の捏造ではないかと疑うくらいだけど、なんとお灸一発で治った。お灸を据えると、直後にひどい蕁麻疹が出て、「なんかヤバいことをしてしまったかもしれない」と思っていたら、その夜から蕁麻疹は出なくなったのだ。

 本当にそんな上手く治ったのかどうかは兎に角、蕁麻疹にはいくらかの経験があった。
「これは蕁麻疹だと思うから、朝になったらきっときれいに治ってるよ」
 こればかりはどうしようもないので抗ヒスタミン成分の入っているムヒEXを塗ってなんとか耐えてもらう。
 そうこうしているうちに、玄関で音がして、ケリーが誰かと一緒に帰ってきた。僕達が寝ていると思っているのだろう、とても静かに話しながら、とても慎重に階段を登って二階へ上がって行く。

 翌日はソルティとお昼に待ち合わせていたので、支度をして昼前に家を出る。僕達が出る時、二階にはケリーがいる模様だった。呼んで挨拶しておいたほうがいいのか、それとも迷惑になるかと迷い、時間もそれほどなかったので何も言わずに家を出た。
 空気は涼しいものの、スキっと晴れた日差しは強い。バス停で日焼け止めを塗っているとバスがすぐに来て、僕達はお金を払い乗り込む。今日はバスに少し乗った後、電車に乗換えだ。
 バスを下りて、券売機で電車のチケットを買おうとしていると、やけに深刻な顔をしたビル・ゲイツみたいなおじさんが「君達、今バスに乗ってたよね。そのチケットで電車も乗れるから買わなくていいよ」と教えてくれる。

 ポートランドの公共交通機関は確かに発達している。バスとTriMet MAX, Portland StreetCarという二種類の電車を乗り継いで1日5ドルで簡単にどこでも行ける。電車はとてもきれいだし、本数も路線も結構多い。路線は番号ではなく色分けされていてレッドライン、グリーンラインなどの名前で呼ばれるので分かりやすい。車社会のアメリカにあって、車がなくても快適に生活できる街だというのは本当だ。

 電車に乗ると、大きなシェパードを連れたおじさんが乗っていて、子連れの乗客と話をしていた。快晴の明るい昼前を走る電車は快適そのものだ。ウィラメット川を渡る橋に差し掛かると、小さな都市ながら少し展望が開ける。
 ウィラメット川は、ポートランドを南北に流れる川で、そこに掛かる10本の橋は、この街に「ブリッジタウン」というニックネームをもたらしたシンボルでもある。映像で見ているときは、もっと大きな川に見えたけれど、実際にはそれ程大きな川でもないので、少しがっかりする。

 電車は、交通量の少ない道路を走る路面電車で、駅で下りるとすぐに待ち合わせの店が見え、表でソルティが椅子に座って待っているのも見えた。路面電車だと道路とのレベル差がなくて実にシームレスだ。店はBroderというスウェーデン料理で有名なところらしい。それが果たしてスウェーデン料理なのかどうか分からないけれど、僕はラムのハンバーガーとビールを注文した。ビールは何種類かあって、選ぶのが面倒なのでウェイターが好きだというやつにした。
 ポートランドにはビールの醸造所が52(2013年時点)あり、世界最多だという。つまりそれだけビールの種類が豊富であり、ビアバーナなるニックネームも付いている。しかし、僕は食べ物にあまり興味が無い。どちらかといえばエールビールが好きだが、別に”金麦”でも”淡麗”でも構わない。

 ランチを摂りながら、僕達より早くポートランド入りしているソルティに街の印象を聞くと、「たいしたことないし、一通り見たけど既に退屈」という感じだった。
 そうなのか、退屈なところなのか。
 諸事情により日本でソルティの代わりに受け取った銀色の日傘を、クミコがソルティに渡した。

らくらくお灸入門: からだの声をきく (ちくま文庫)
高橋 國夫
筑摩書房
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