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西海岸旅行記2014夏(07):6月6日:シアトル;時差ボケのウォーター・フロント・パーク


 グリーン・トータス・ホステルの前で無事に落ち合った僕達4人の日本人は、パイク・プレイス・マーケットを抜け、坂を下り海へ向かって歩く。
 6月のシアトルは日没が9時半くらいなので、夕方6時はまだまだ明るかった。目指しているウォーター・フロント・パークは、シアトル水族館や観覧車、レストランなどの並ぶ観光地で人もたくさん歩いている。にも関わらず、僕は頭のどこかがボーっとしていた。つまりとても眠かった。つまり時差ボケが起こりつつあった。日本を出たのは日本時間の6月6日13時で、こっちについたのも6月6日の13時だから調子が狂わないわけない。
 実は僕は睡眠時間がとても長く、眠いのがものすごく大嫌いだ。8時間以上眠らないと頭のどこかが機能してないのをはっきり感じるし、その感覚があると何をしても楽しくなくて極めて機嫌が悪い。せっかく旅行に来ているんだから、と言って睡眠時間を削って行動することはできないし、みんなで旅行して夜中まで飲んだのに翌朝7時起きだったりすると絶望的に機嫌が悪い。

 話が大きく逸れるけれど、僕は野口整体という整体が好きだ。これは一般的なイメージの整体とは随分違っていて、誤解を前提として書けば宗教のように怪しく面白い。僕は実践しているのではなく、ただ何冊か本を読んでいいなと思っている程度だが、病気や不調を「健康」と対峙させて考えない野口整体の理論がかなり気にいっている。「風邪の効用」とかタイトルだけでも素敵だし、「多くの人は山の自然、海の自然を自然のつもりになっている。しかし人間の自然は自分の体の構造に従って、全力を尽して生くることである」とか格好いいことがそこここに書かれている。

 野口整体を作った野口晴哉という人は、子供の頃からパッと手を当てるだけで不調を治すことができたらしく、この辺の話をどう捉えるかは難しいところだけど、僕は一度だけ野口晴哉の施術を受けたという人に会ったことがある。そのおじいさんは「野口先生はもう本当にすごかった、なんや知らんけどパッとやったらパッと治るんやもん」と関西弁で嬉しそうに話してくれた。

 野口整体には「体癖」という分類があり、僕は自分は上下型1種だろうなと漠然と思っていた。"漠然と"というのは、まず野口整体の本できれいに理論を整理して書かれたものがないのと(人体は漠然としたものなのでカチッとした理論はないのかもしれない)、あと僕は実践者ではなく本を読んだことがあるだけなので、実際に体重の偏りなどを測ったことがないからだ。
 ある日、「体癖」というそのものズバリなタイトルの本を読んでいると、「上下型1種の人はとにかく睡眠時間を大事にするし、それを邪魔すると怒る」と書かれていて、僕はこれだと確信した。この一点だけで確信するのは十分だった。それくらい僕にとって睡眠は重大なものだ。
 だから時差ボケというのは本当に苦しい。翌日の昼過ぎまで僕は圧倒的な睡魔の中にいて、シアトル観光どころではなかった。クミコは僕が眠さに特別弱いことを知っているけれど、ノッキー夫妻は知らないので断っておくことにした、そうでないと僕はただの不機嫌でイヤなヤツでしかない。
 
 桟橋にある"Elliott's Oyster House"という有名なレストランをノッキー夫妻が予約してくれていた。店は大繁盛していて、ウェイターが日本のレストランの2倍くらいのスピードでてきぱき動いている。僕達のテーブルは小太りのレオナルド・ディカプリオみたいな男が担当してくれた。オイスター・ハウスというだけあって、生牡蠣だけでも40種類くらいの選択肢がある。
 食事中、シュウイチ君にシアトルで手掛けた仕事のことなどを聞いて、結構すごい仕事をしているので内心グググと刺激を受ける。ちなみにシュウイチというのは適当に付けさせてもらった偽名で、彼は誰が聞いても知っているようなクライアントと大きな仕事をしている。
 ディナーの窓から見える外はまだ早い夕方のように明るく、着飾った中学生の集団が桟橋に並んで観覧船に乗り込んで行くのがよく見えた。卒業パーティーか何かだろうと、僕達は初々しく着こなされたスーツやドレスの批評をしたりする。

 レストランを出た後、桟橋を歩いて先端で海と観覧車を望んだ。正面に夕日が僕達を照らし夜という概念が海へ溶けていく。振り返ると背後は高層ビルが平面的で艶やかなな景色を構成している。きれいな街だ。世界は美しい。

風邪の効用 (ちくま文庫)
野口晴哉
筑摩書房


整体入門 (ちくま文庫)
野口晴哉
筑摩書房