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西はりま天文台訪問記01;イントロダクション


 西はりま天文台へ行ってきました。
 西はりま天文台には、口径2メートルの反射式望遠鏡「なゆた」があります。もしかしたら口径2メートルというのは、一桁だし、20メートル!とかいうのとは違ってあまりインパクトがないかも知れません。でも口径2メートルというのはとてもすごいです(写真の通り!)。「なゆた」は日本国内最大の望遠鏡で、一般に公開されている望遠鏡としては世界最大。また人が直接覗き込む接眼部のついた望遠鏡としても世界最大のものです。

 僕は京都に住んでいるので、播磨というのはそんなに遠くもなく、2004年に鳴り物入りで「なゆた」が設置されたときからずっと興味を持っていました。
 でも、ずっーと、見に行くことはなかった。それは、いつもの僕の僻みのせいなんかではありません。僕が、なるべく星のことを考えないようにして生きてきたからです。

 星の事を考えないようにしていたのは、もどかしさで一杯になって、心の奥の方にぐーっと力が入ってとても疲れるからです。
 子供の頃、貯めたお年玉で天体望遠鏡を、僕も買いました。もちろんビクセンのです。今回、西はりま天文台ミュージアムショップでビクセンの製品とロゴが目についたとき、昔持っていた望遠鏡の、フィルターやレンズを入れるプラスチックケースのガチャガチャした手触りが蘇ってとても懐かしかった。

 最初に自分の望遠鏡で見たのは、もちろんというか、月でした。
ピントが合うと、圧倒的な質感が、小さな接眼レンズの向こうに出現します。大地の起伏と、それらが太陽光と織りなす白黒の陰影。僕は今、違う星の地面を見ている。向こうの星にも確かに大地が、地形が存在している。もっと見たい。もっと詳しく見たい。
 月に生き物がいないことは知っているけど、ひょっとしたらと思う。
 誰も住んでいないのは知っているけど、やっぱりひょっとしたらと思う。
 じっーとこのまま見ていれば、何かが動かないだろうか。
 でも、ずっと月を見ていることは難しい。なぜなら地球は自転していて、追尾装置のない僕の望遠鏡の視界を、月はあっさりと横切り消え去るのだから。

 手動で角度を調節し、レンズを覗き込み、視界から月が切れるとまた調節する。見るだけではなく、あそこへ行きたいと思う。でも、あそこへ行くことはとても難しい。なにせロケットが必要なのだ。車でも飛行機でも船でもない、ロケットが。

 しかし、科学がもう少し進めば、僕達がロケットに乗って月に行くことは可能だろう。
 問題なのは、もっともっと遠くの星々だった。たとえば10億光年の彼方、他所の銀河の美しい形を見ることができるのに、そこへ行くことはできそうにない。相対論はロケットを光速まで加速することは不可能だと示唆している。光の速さでも10億年かかる距離を、光速未満の速度で、この100年も生きない生物がどうやって移動できよう。10億光年の孤独にはクシャミも出やしない。

 ワープというマジカルな手段を開発すれば良い、と思わなかったわけではありませんが、「よしワープの研究に人生捧げよう」と思うほどの楽観性も自信も度胸も持ち合わせていませんでした。

 胸をザワザワさせるのは、輝く星の瞬きや、各望遠鏡が捉えて科学雑誌に載せた写真だけではありません。
それらを見ていると、「もしかしたらあの辺には知的生命体が存在していて、スターウォーズみたいな生活が本当に繰り広げられているのではないか」という想像に取り憑かれます。スターウォーズみたいな世界と僕が言う時に指しているのは「他の星にあっさり行けるくらい科学が発展している」というだけのことではなく、「色々な星の住人がみんなで何かしている」ということを含みます。

つまり、僕は星空を見上げると、「あっちでは色々な星の住人がみんなで暮らしているのでないか、しかも超ハイテク付きで」という想像に取り憑かれて、居ても立ってもいられない気持ちになってしまうのです。

それに対して、僕は現代の地球という場所に縛られています。もしかしたら火星くらいには行けるかもしれないけれど、死ぬまでに太陽系を出ることはないでしょう。他の星の住人が作った街を見ることはないでしょう。

 この「閉じ込められた」状況にどうしても耐えられなくなり、どうにか抜け出したくて、一番苦しかったのは中学生のときです。空間を他所の銀河まで移動できないなら、時間を未来まで移動しよう、そうすれば未来の技術で色々な星へ行けるかもしれないと思いました。

 僕たちは過去にメッセージを送ることはできないけれど、未来になら送ることができます。たとえば五万年後にだって「手紙」が残りさえすればメッセージは届きます。
 そこで、僕はタイムマシンを持っていると思われる未来の誰かに宛てて「迎えに来て欲しい」と手紙を書きました。指定した時刻は手紙を書き終えた1分後だったので、上手く行けば僕は手紙を書いた1分後にタイムマシンに乗れるはずでした。

 残念ながら、1分後どころか、それから20年以上経ってもタイムマシンは現れていません。
 手紙もどこかへ行ってしまったので、そのせいかもしれない。
 今なら、Webの海にでも投げ込んでおけば、未来の誰かにメッセージが届くのでしょうか?
 そしたらタイムマシンは1分後に来てくれるでしょうか?
 もう僕はこの時代を生きるつもりだけど。
 もう僕は今ここから、遥か彼方の天体を、僕達の科学の粋を集めて眺めているつもりだけど。