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真鍋博さんのイラストと未来

ベーシック・インカム
悪魔のいる天国 (新潮文庫)
星新一
新潮社


 真鍋博という名前を聞いたことはなかったが、その絵は何度も目にしていた。彼は星新一の本の表紙を描いていたことで特に有名なイラストレーターということだ。そう、あのイラストだ。小学生の僕は、あのイラストがあまり好きではなかった。どことなく殺風景なような、なんだか怖いような。

 星新一のことを単に「SF作家」と呼んで良いのかどうか分からないけれど、有名SF作家の本にイラストを描いていた彼は、他にも、未来志向、テクノロジー志向のイラストや本を描いている。そのいくつかは科学少年だった僕も目にしていたと思う。

 ウィキペディアには、真鍋さんは、21世紀を見たいから長生きしたいと、健康に気を使っていたと書かれている。
 でも、1957年生まれの彼は、2000年に亡くなってしまった。それも2000年の10月31日に。21世紀がやって来る、わずか2ヶ月前のこと。

 テクノロジ−は別に世紀の境目で劇的に進歩するものではないし、世紀という区切りには本来意味などないだろう、それでも未来を描き続け、21世紀を見たいと言っていたイラストレーターの、21世紀目前の死はとても残念だ。

 それに、2000年と云えば、それなりにPCもネットも携帯も普及していたけれど、その他の点でどれ程の「思い描いていたあの未来」に類するものがあっただろうか。
 曲がりなりにもリニアモーターカーリニモ」が走るのは2005年愛知万博でのことだし、iPhoneが発売されるには2007年を待たねばならない。

 かつて橋本治は「1960年代で時間は止まっても良かったんじゃないか、既にテレビも車も飛行機も新幹線あって、ビートルズもいた」というようなことを書いていたと思う。
 読んだ時、なんとなく僕はそれが腑に落ちてしまった。
 無論、細部では目覚ましい変化が起こっているものの、この50年で一体どれ程の"劇的"技術的進歩があって生活が変化したのだろう。
 1960年代に関してはもう1つ付け加えておかねばならない。1969年にアポロは月へアームストロングを送り込んでいる。その後45年、人類は誰も地球外の大地を踏んでいない。

 人類の歴史は、別に科学発展の歴史ではないので、目に見えるテクノロジーの進化だけを追っても仕方ない。でも、僕は科学がとても好きな子供だったというか、今だってそうなので、どうしても科学を中心に物事を見てしまう傾向がある。
 その様な傾向が小さくなってきて、段々と「社会的」なものの見方も大きくなってきたことに気付いたのは、真鍋さんの名前を昨日知り、検索してみてのことだ。

 子供の頃、僕が思い描いていた、見たいと強く願っていた未来は、ほとんど真鍋さんと同じものだった。そのアイデアの何割かは彼自身が描いたイラストに由来するものだから当然のことだ。
 でも、今の僕が思う、見たいと思う未来には、その中心に随分社会的なことが居座っている。
 僕が望む未来の中心には、なんと「人々が嫌々する仕事から開放されている」というものが来ていた。

 何度かこのブログにも書いている通り、僕は今ベーシック・インカムというものに強い関心を持っていて、京都で小さいながらもそれを世に広める活動をしています。
 ベーシック・インカムというのは「最低限生活できるだけのお金を、無条件に、全員に給付する制度」のことです。たとえば毎日家でゴロゴロしているだけ健康な大の大人でも、毎月8万円が国から振り込まれます。
「そんな無茶苦茶な!?」
 という話に聞こえるのですが、良く考えてみるとそうでもなく、むしろ無茶苦茶なのは生活の為に嫌々働いている今の社会の方なのです。この話は、またベーシック・インカムのことを書く時に譲る、あるいはブログに「ベーシック・インカム」というカテゴリを作ってあるので、そちらを読んで頂くとして、閑話休題です。

 僕がこのように「科学技術的な」未来像を描くことから、「社会的な」未来像を描くようにシフトしたのは、よほどベーシック・インカムインパクトが大きかったからなのかと思ったのだけれど、これも良く考えてみると、元々科学技術というのは1つの象徴に過ぎなかったのかもしれない。

 たとえば、宇宙船で宇宙旅行をしているような未来像を想うとき、そのイメージに含まれる誰が「嫌々何かしている」だろうか?
 もちろん乗客は宇宙旅行を楽しんでいて、(いるのであれば)パイロットも最新鋭の宇宙船を楽しく意気揚々と操縦しているはずで、(いるのであれば)キャビンアテンダントの人だって、クールな制服を来て、楽しく、やや得意気にサービスをしているはずだ。

 描かれている誰もが、楽しくしていること。嫌々、無理矢理何かをさせられていないこと、僕が未来のイラストを眺めて素敵な気分になっていたのは、そういう要素のせいだったのかもしれない。
 僕は未来の人は働く時も楽しく働いているものだと思い込んでいた。科学というのは、そういう世界を実現する為の1つの手段であり、自分自身が最も興味ある手段ということだったのだろうか。
 子供の頃よく目にしていた真鍋さんのイラストを、ウェブで改めて見ながら、自分が暮らしたい世界について少し思い直しました。

 
妖精配給会社 (新潮文庫)
星新一
新潮社