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大人になって痴漢の多さに驚いたこと

「ちょっと10分くらい女の子の恰好で夜道を歩いたら、変な男に絡まれたり、急に胸を触られた。世の中こんなに酷いのか。。。」というようなことをFacebookで読みました。

 僕が大人になって驚いたことの1つは「社会がこんなに性的な変態に満ちていること」です。

 子供の頃、「最近あの公園の周りで遊んでいると、拐われたりするから行ってはいけない」とか「あの道はコートを肌蹴て裸を見せてくる男が出るから通ってはいけない」というアナウンスが学校などであったように思います。
 僕達は「拐われる」というのは、「身代金目的の誘拐」のことで性的な何かだとは全然思っていませんでした。
 コートをはだけてくるのは「性的な何か」だということは分かるけれど、それも「ただの変態の気狂い」というカテゴリーに収めて笑い飛ばしていました。
 なんというか、変態とか痴漢とか、そういうのは本当に稀な、僕達の生活とはそれほど関係のない、ただの冗談として存在する言葉でした。

 そのような認識が一気に書き換わったのは、高校生のときです。
 当時付き合っていた彼女は、僕と同じ年齢で、高校生で、そして電車通学でした。痴漢にあう頻度を聞いて僕はかなり驚きました。最初に「今日痴漢されて」と言われたときは、「えっ!?」と思い、怒りに打ち震えたのですが、彼女およびその友人達が痴漢の被害にあう頻度を聞いて、無力感のあまりどうしていいのか分からなくなった。
 違う高校に通っていた僕が、毎日の通学を一緒に行うことはできないし、車で送って上げるなんてこともできないし、学校をやめて通学をやめてもらうわけにもいかない。当時はまだ女性専用車両というものもなかったのではないかと思う。
 今から思えば、何日か学校を休んで一緒に通学するだけでもそれなりの効果はあったのかもしれないし、他にもできることは色々あった。でも当時の僕は、通っていた厳しい進学校気取りの高校に飲まれていて、それすらできなかった。本当に情けない。「キモいし超ムカつく」と、明るい素振りで事後的に報告されるのを聞き、やり場のない怒りに震えて、そして気休めの言葉を掛けるしかできませんでした。

 そういうこともあって、僕は所謂セクハラ的なものには敏感かもしれません。大学生になり、酒の席で酔っ払ってるんだか、酔ったふりだか、女の子にベタベタする先輩を実力行使で引き離したりして、すぐにその様な人のいる集団には足を踏み入れなくなりました。
 周りでは、相変わらず女の子達が痴漢やレイプ紛いの被害にあっていました。恋人や友達から電話が掛かってきて「さっき歩いてたら後ろから来たバイクの人にお尻触られた。どうしよう」とか、そういうことを聞かされると、それもやっぱり事後でどうしようもなくて、僕はやり場のない怒りと無力感に苛まれました。

 一時期は、恋人にペッパースプレーなどの武器をあげていました。大抵の場合、女の子達は「大丈夫、大丈夫」と言います。でも、この大丈夫には何の根拠もありません。戦闘訓練を受けていて滅茶苦茶強いとかそういうことがないかぎり、大丈夫では全然ないはずです。

「帰ったらすぐ連絡するから、大丈夫」というのも、何の実効力も持たない訳のわからない方法です。
 これは「心配する時間をなるべく短くして上げる」という、女の子側からの配慮にすぎません。これで「うん、じゃあちゃんと連絡してね」と言って別れるのは、本音では「送るの面倒だったからありがたい」ということです。

 夜道に関してだけでなく、大学で教授が部屋のドアを締め切らないようにしていたり、夜の繁華街で大声で笑ってみたり、そういうのを見ると、僕達の社会がいかに性的なものなのか、あるいは必死にそれらを抑圧しようとしているのか見えるみたいで、主にその「抑圧の仕方」に、なんだかどっと疲労を感じることがあります。