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TETSUO rave part1


 蛍にはまだ早すぎると思っていた。でも、谷間を高く跳ぶ薄らかな緑色の輝点は確かに蛍の放つ蛍光だった。僕は車で5分程、山中の無人駅まで、けして広くはない道を走り、友達の友達を迎えてきたところだ。一通りの自己紹介を車中で済ませ、ドアを開け外へ出ると、一匹の蛍が飛んでいた。川原からは音楽とウーハーの生み出す空気の歪みが伝わってくる。時間のことは良く覚えていない。ただ、街よりずっと早く闇の降りる谷間に、見えるのはその蛍の光と、そして僕達の付けたサイン、グロースティックの矢印だけだった。懐中電灯を点け足元を照らす。川の蛇行に沿ったカーブを曲がると、向こう側に焚き火と電灯とLEDとプロジェクターの光、そして人々の影が見える。
 今日は6月の1日目。梅雨入りだ梅雨入りだと、さんざんに脅された雨は2日前にすっかり上がり空は晴れている。
 2013年の夏は、このようにして開かれた。


 レイブをしようと言っていたのは、もう冬のことかもしれない。同居人の1人である友人の車で買い物に出て、カーステレオとウーハーの鼓動が背骨を揺さぶった時、僕は色々なことを思い出した。
 そういう風に身体を通じて音楽を聞くのはとても久しぶりだった。

 度重なる引っ越しと長い賃貸生活で、いつの間にか家からはまともなオーディオが1つもなくなっていて、PCのスピーカーとヘッドホンだけの生活になっている。もしもそれなりの音量で音楽を聞きたくなればヘッドホンを使うほかなく、しかし当然のことだが僕達は音楽を耳だけで聞いているわけではない。ヘッドホンから負け惜しみのように叫ばれる音楽には決定的なアンバランスが内包されている。

 クラブにもすっかり足を運ばなくなった。10年前にはまだ感じ取ることができた喜びや非日常性のようなものに、いつの間にか完全に慣れてしまい、そこはただの煙草臭くて狭い空間になりつつあった。高校一年生にとってはビレッジバンガードは興味深い店かもしれないが、30歳くらいの人間からみればガラクタ置き場にしか見えない。そういうことだ。少なくとも、ある年齢を超えた人間がクラブにただの客として行くことにはいくらかのアンバランスが内包されていて、僕はそれを無視できる質ではないようだった。

 かつて何度か開いた鴨川でのパーティーには、町中であることの当然の帰結として警察がやって来るという厄介な問題があったし、僕も迷惑な人間になりたいわけではないのでウーハーを使うこともできなかった。町中の開かれた場所は、アクセスも良くて魅力的だったが、結局のところここにも音量にまつわるアンバランスが存在していた。騒音はあれど響き渡る音楽のない街に、僕は暮らしている。

 防音の行き届いた狭い部屋の中ではなく、壁のない開かれた空間で、誰にも文句言われることなく、できれば美しい空気の中、遠くまで音を響かせたかった。野生の生き物たちには申し訳ないけれど、一晩だけ。清野栄一が昔「地の果てのダンス」に書いたように。
 そうだ、パーティーをしよう!
 気温が上がったらレイブをしよう!
 僕達はまだガスヒーターの温めるダイニングテーブルで、そのような会話を交わした。

 この半分は流れ去ったかのような計画が、先月復活して、僕達は計画を立てた。
 これも度重なる引っ越しのせいで、レイブを開催するのに必要な機器は僕の手元からほとんどなくなっていた。必要になったらまた買えばいいだろう、兎に角今は引っ越しが大変だ、というように捨て去ったわけだが、現実には「また買う」為のお金までなくなっていて随分な後悔が頭を過る。
 幸いなことに、友達がかなりのものを持っていて、オーディオは彼の車から下ろしたものを流用することにした。
 心臓である発電機は昔奮発して買ったものがあるのだが、何が起こるか本当にわからないもので保管場所にアクセスできなくなってしまい取り出すことができない。どうせ古くて重くてうるさい物だったのでレンタルすることにする。
 発電機のレンタル自体はかなり早くに予約してあったけれど、うっかりして直前まで直流の出力を確かめていなかった。3日前に電話して型番を聞き、ネットで検索すると直流は「バッテリー充電専用の12Vー8A」で100Wもない。これでは使い物にならないので、1600Wある交流側から電源を取るためにコンバーターを探して、予算がほとんどないので信じられないくらい安い物を買った。信じられないくらい安いコンバーターは、やはり信じてはいけなくて出力電圧が表記では12Vなのに、測定すると9Vしかない。360Wまで出せると書いてあるけれど、となればこれも嘘だろう。
 困った僕はもう10年以上会っていない友達と連絡をとって、いくらするのだか分からない完全にキチンとした安定化電源を借してもらった。本当にありがたいことに。もうパーティー前日のことで、まだあれこれと残っている準備のこともあり、十数年ぶりに駅前ロータリーで会って十数分で別れた。最後に会ったのは彼の結婚式で、もう彼には小学生の子供が2人いる。


 当日は朝からてんてこ舞いだ。
 基本的にはほとんどの準備を2人でしなくてはならなかったし、小さなトラブルが大体いつものように続出する。忘れないようにと数日前から「持ってくるもの置き場」に出しておいたイヤホンジャックからピンプラグへの変換ケーブルも、どうしてか見当たらない。それも念の為に買っておいた予備までご丁寧に消えている(ちなみにこれは今に至るまで消えたまま)。アンプ等を結線したまま運べるようにケースを加工したり、発電機を受け取りに行ったりガソリンを買ったり、使えないことが前日に判明した映像ケーブルの新しい物を買いに行ったり、飲み物と食料を買い出しに行ったり、気が付くと何も食べないまま既に夕方が迫っている。

 僕はかつて「なんでも一日あればできる」と思うような、所要時間に関して限りなく楽天的な人間だったけれど、度重なるピンチを経験して、時間の読みが随分と慎重になった。さっと想定した所要時間の2倍は絶対にかかる。特に集団で動く時はそうだ。
 時間があまりにもあっさりと過ぎ去ることを学習した僕は、一時期冷徹なタイムキーパーだった。そんなにのんきにしていては駄目だと、チームのみんなをせっついて回っていた。
 あるとき、夏の暑い時期、イベントの準備で動きまわって汗だくになった友達が、同じく汗だくになっている僕を見て「ちょっと一回休憩してシャワー浴びに帰らない?」と提案した。時間が既に押していたので、僕はその意見を却下したのだけど、なんだか自分が随分と酷い人間になってしまったような気がして後悔して、しばらく後にシャワー休憩を取ることにした。
 その頃から、あまり周りの人をせっつくことをしなくなった。正直なところそういった「うるさい詰まらない人」の役割にも疲れてきていた。「いいじゃん、いいじゃん、まあのんびり、遅れたら遅れたでいいし、コーヒーでも淹れようか」というような役割に対する羨ましさのようなものもあった。カチッと動くとのんびり動くの間でどっちつかずにサスペンドされた僕は、ここ3,4年間かなり自分を抑えこんで集団行動の際にイニシアティブを取らないよう心掛けていた。

 今回、2時間もしないうちにアンプが飛んでしまうという、音楽イベントとしては致命的なアクシデントが起こってしまったのは、そんな僕のせいだ。
 荷物満載の車で現地に到着したとき、まだそれほどの遅れも出ていなかった。発電機を回して会場を設営するときに、プロジェクターの電源ケーブルがないというかなり痛い事態が判明したが、それも照明のコードを一本加工してワニグチクリップとの組み合わせでなんとか乗り切った。
 ライティングと音と映像と焚き火が揃って、ようやく諸々の問題がクリアされてパーティーが開かれたのに、わずか2時間程でアンプが弾け飛んだのは痛烈だった。準備中に疲労が蓄積して来て「まあ大丈夫だろう」と行ったサボタージュが3点、即座に後悔の結晶として心臓の隣に析出する。
 後の祭り。

RAVE TRAVELLER―踊る旅人
清野 栄一
太田出版


地の果てのダンス
清野 栄一
メディアワークス