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ベーシック・インカム/社会的責任/伝統工芸

 ベーシック・インカムの批判に「社会的な責任からの逃避」ではないかというものがあります。
 労働というのは社会的な責任を果たすことでもあるので、労働をしないというのは社会的な責任を果たさないということだ、というわけです。

 これは耳触りの良い、もっともらしい意見に聞こえますが、「社会的な責任」ってなんだということをちょっと考えてみれば、あまり筋の通った意見でもないと解ります。

 「社会的な」活動だと言っていいと思うので、たとえば町内会の行事について考えてみた時、大抵の忙しいビジネスマンは参加できません。
 町内会の集まりなんかよりも会社の会議の方がずっと大事で優先されるものである、というのは現代人にとって常識です。
 そのビジネスマンがどんな仕事をしているのか、ということもここでは問題ではありません。「シゴト」というのは尊い何かだと一括りにされているので、内容は問われないわけです。
 だから、そのビジネスマンは効果不明瞭なサプリメントの広告のクリエイトを、子供たちが楽しみにしている夏祭りの町内会議に優先させます。
 これは現代社会の文脈では完全に正しいことです。

 しかし、社会的な責任という言葉を中心にして考え直してみれば、どちらが社会的な責任から遠いのかは意見が別れるのではないでしょうか。
 僕にはサプリメントの広告を作るよりも、町内の子供達がより喜ぶような祭りを考えるほうがなんとなく社会的な責任に近いような気がします。
 なんでも税金さえ払えばそれでいいのだという考え方は、もしかしたらそれだって十分に社会的に無責任なのかもしれません。

 「社会的な責任」と「賃金労働」というのは本来関係がありません。
 主婦達が、家事も労働だと賃金を求めて起こした運動が歴史上いくつかあります。
 こういうのを「リブとかフェミニストの連中がまた訳のわからないこと喚いてる」と片付ける無神経さが社会にはあるというか、なんとも不思議なことにドミナントなのですが、このような無視も、話が家庭の外に広がっていることを見つめれば続かなくなるかもしれません。

 アンペイドワークの問題は家事に留まらず社会を広く覆っています。
 たとえば地域の祭りを維持することに対して賃金は支払われません。
 「そんな、祭りなんてしたい人が遊んでるんだから、嫌ならやめればいいじゃん」という意見もあるかもしれませんが、この意見は経済的合理性のないものはこの世界から消えろ、という乱暴な意見です。「観光客からお金が取れて独立採算の成立する祭り」しか存在しない社会を僕達は本当に受け入れることができるのでしょうか。
 祭りに関わらず、惜しまれながら「経済的な事情で」消えているものは沢山ありますが、これは本当に仕方がないことでしょうか。

 僕は数年前まで仕方がないと思っていました。
 「伝統工芸の後継者がいないとか、商売が成立しなくて潰れたとか、まあ不要という証拠だから別にいいんじゃないの」と思っていたのです。
 僕は新自由主義者で市場を信じていました。
 なぜなら僕は合理的なことが好きだからです。当時は市場原理は合理的なものだと考えていました。残念ながら、現行の市場原理だけでは帰結として無味乾燥な世界を生み出すので、あまり合理的なものでもないようです。

 それに「不要」という言葉の意味することも深くは考えていませんでした。市場の判断というのは「欲しい人がいない」ということではなく、「欲しいかもしれないが、値段を鑑みて買うのはやめた」ということです。
 欲しい欲しくないとか、要る要らないとかいうことより、むしろ値段がポイントです。
 僕はこのことがあまり良く分かっていませんでした。

 物には値段があるという概念を一旦取っ払ってしまったら、どうでしょうか。それでもまだ100円ショップの包丁で料理をするのでしょうか。それとも一流の鍛冶職人が鍛えた包丁を使いたくなるでしょうか。
 僕達は物事の取捨選択を、ほとんど全部「値段」で行うようになっていて、しかもそれを「当たり前」だと思っています。
 これは多分非常に息の詰まった世界です。

 ベーシック・インカムが導入されると、この問題は解消されます。
 買ってくれる人が少なくて商売上がったりの伝統工芸竹細工屋さんが、「食うために」仕方なく廃業してタクシーの運転手をしたりということがほとんどなくなります。
 彼は売れても売れなくても、自分が素晴らしいと思う竹カゴを編み続け、それを素晴らしいと思う人が時々でも現れればそれを販売します。
 料理が好きでレストランをはじめたのに、採算を考えて野菜のレベルを落としていたレストランが、本当に使いたかった野菜を使えるようになります。
 ごゆっくり、と言いながら1日に5回転はしないとヤバイので、柔らかに客を追い出していたカフェが、本心からごゆっくりと言えるようになります。

 「食うために仕方ない」という大人の事情がなくなった世界はきっと素敵なはずです。

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山森亮
光文社


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萱野 稔人,東 浩紀,飯田 泰之,小沢 修司,竹信 三恵子,後藤 道夫,佐々木 隆治,斎藤幸平,坂倉昇平
株式会社堀之内出版