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働かなくてもいい、というデータ。ベーシック・インカムについて再び

 小学生の時、学校に作業所で働く障害者の人達がやって来て、体育館で交流会みたいなものが開かれた。彼らが普段どのようなものを作っているのかとか、作業の様子などを僕達は見せてもらった。

 ある場面で、僕はものすごい衝撃を受けた。

 その女の子はほとんど体を動かすことができない。
 微かに動かすことができるのは指先だけだ。
 彼女の隣では、ボランティアか職員か分からないけれど、箱に蓋を載せて半分くらいまで閉める係の人がいる。中には多分なんらかの製品が入っていたのだろう。その半分蓋の閉まった箱が女の子の前に置かれると、彼女は微かに動く指先でゆっくりと蓋を最後まで押し下げて閉めた。
 それが彼女にとっての仕事だった。

 僕は混乱した。
 これのどこが仕事なんだろうと思った。
 半分まで蓋を閉めてあげる係の人が、そのまま最後まで蓋を閉めた方がよっぽど作業は捗る筈だ。彼女がしていることは何の助けにもなっていないし、はっきり言って作業の妨げにしか見えなかった。

 僕はまだ小学生で、大人たちがしていることだから"正しい"のだろうと思おうとするところもあった。彼女のしていることが仕事に見えないのは僕がまだ仕事のことを良く分かっていないからかもしれないとか、あるいは"福祉"のことを良く分かっていないからじゃないだろうかと。
 でも、やっぱりその光景はおかしいような気がした。

 ベルトコンベア方式で全ての作業を次から次に見せてもらうことになっていたのと、その女の子は会話もままならなかったので、実際に彼女が自分のしていることに対してどのような思いを抱いていたのかは分からないままになった。
 所謂「労働の喜び」みたいなものを、彼女は本当に感じていたのだろうか。

 この時に感じたことは僕の心に深く刻まれた。
 それからもう20年以上が経つけれど、この時のことをどういう風に解決していいのかずっと分からなかった。
 一生懸命にやっていたのに、彼女のしていることを仕事と認めない僕が意地悪なのだろうか。でも一生懸命にやっていたらなんでもいいってわけじゃない。だいたい彼女は本心ではどう思っていたのだろうか。周囲の人達も本当はどう思っていたのだろうか。本当にあれがベストだったのだろうか。あなたにできる精一杯はこれくらいなんだからこの作業で労働の喜びを感じなさいというのは傲慢なんじゃないだろうか。彼女は本当にあんなことがしたかったのだろうか。それとも義務だと思っていたのだろうか。

 今なら、あの時起きていたことが何であったのか、たぶん分かると思う。
 あれはやっぱり良いことではなかったと思う。
 労働至上主義とてもいうようなイデオロギーの犠牲だったのではないだろうか。
 役に立つ人間以外は無価値であるという残酷でかつ間の抜けたイデオロギーの。
 全ての人間は「オトナになれば」働かなくてはならないし、労働は尊いし、労働が生きる意味で、労働こそが喜びだというような価値観。
 そして同時に不動産なんかを持っている不労所得者への妬みを抱えるという闇さ。

 頭をカラにしてから、1から考えてみれば、労働を賛美する理由はどこにもない。もともと必要なものを作れる人のことはありがたいと勿論思っただろうけれど、全員にそうなれだなんていつから言い出したのだろうか。
 労働、というのでは言葉が曖昧かもしれない。金銭を媒介とした労力のやり取りが人間の尊厳の為には必要だなんて、そんな考え方がどうしてこんなに社会にドミナントに浸透したんだろうか。
 その人が、ただそこにその人としていることに単純な賛美を送ってはならないのだろうか。

 僕達の先祖はテクノロジーを発展させてくれたので、社会を維持するためにはこんなに沢山の人がこんなに長時間こんなに必死に働かなくていい。
 こんなにたくさんの人が働く必要はないのだというと、「そんなの信じられない」という人がいるのだけど、こんなにたくさんの人が働かなくてもいい証拠はとても身近なところにあります。
 あの間の抜けた就職活動とかいうのを見てみて下さい。
 あんなに必死で媚を売ってやっと一部の人が職を手に入れるというのは、みんなが働く必要なんてないということを端的に表しています。

 ここのところは本当に馬鹿みたいなことになっているので、くどくなりますが繰り返して書きます。
 日本だけではなく、世界各国で職を得ることのできない人々はたくさんいます。
 これを「解決すべき大問題」だと、みんなが思い込んでいるのですが、何度でも言いますけれど、言葉は悪いですけれど、これは本当に馬鹿なことです。
 この現象はどう考えても「もうみんなが働かなくても大丈夫な世界になった」ということを表していて、本来は喜ばしい結果です。解決すべき問題でも困ったことでもなんでもない。それを、雇用を生まねばならないとか大騒ぎして、もう本当にこれは馬鹿なんです。
 馬鹿馬鹿言って申し訳ないですが、これは本当に馬鹿なんです。僕もずっと気付いてなかったので半分自分に向かって言っています。
 問題は単に働いている人だけが富を独占していることです。それだけです。
 加えて、労働信仰は人々の頭に叩きこまれているので、働かないと気分も悪いし、働いていない人には文句を言いたくなるので、無理に下らない仕事や有害な仕事を設定して人々を働かせています。
 最たるものは自然破壊しかしないダムみたいな公共事業です。
 そんなものを労働提供の為に行うのなら、何もしないでお金だけ上げたほうがよっぽどいい。
 それでも、もしも労働が尊いと信じているのであれば、世の中の労働を良く観察してみればいいと思います。
 誰も読まない書類を書いて整理することが、本当に尊いのでしょうか。
 改悪でしかないようなマイナーチェンジが本当に、尊いのでしょうか。
 ラーメン屋の売上なんて別にどうでもいいじゃないですか。
 そんなことの為に目くじら立てたり胃潰瘍になっている人々がどうしてこんなにたくさんいるのだろうか。
 どうして要らないのに誰もしたくないのに無理矢理生み出された仕事の為に自然が破壊されるのだろうか。

 それらは社会の為の仕事ではない。
 あの女の子が、微かに動く指先で、それでもなにかせねばならないのだと箱の蓋を最後の半分だけ閉めていた、あの行為そのものだ。
 あの女の子にはただ、別に何もしなくてもいいのだと、ただそれだけ云えば良かったのではないだろうか。もしも何かをしたいのであれば、それが労働である必要もなく、ただしたいことをすればいい。それがあの時の箱を閉める行為であったのであれば、もちろん僕はそれを嬉しいと思う。
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