映画紹介:『サイタマノラッパー』入江悠

”朝晩吐き出す吐瀉物
 が真っ赤に染まれば俺もお陀仏”
(『DJ TKD 辞世のラップ』(伝説のタケダ先輩)より)

 言葉というものからずっと遠くへ行きたいと、ずっと思っていた。
 言葉は泥臭くて青臭くて、嘘臭くて胡散臭くて、意味はロマンを剥ぎ取るようで、紡ぐロジックは直感を邪魔するみたいで、言葉はいつも真理から遠い誤魔化しみたいで、語ろうとする行為は野暮みたいで、分かってる人は黙って頷けば良くて、心通わせるのは語学じゃなくてハートとソウルとジェスチャーみたいで。

 昔、音楽を作っていた友人と「歌詞が邪魔だ」という話をしたのを良く覚えている。
 それはやっぱり野暮で、ストレートな意味はダサくて、クールな音楽を台無しにするみたいで。

 ラップやピップホップというものはずっと嫌いだった。
 ヒップホップのイベントなんか行くもんかと思っていた。ファッションもダサいし、やっぱりヤボだし。感情のないクールなものが、クールな音楽が、僕は好きだった。
 昔の恋人がヒップホップで踊っていたときも、なんだか釈然としなかった。
 カッコつけることがカッコ悪いというお手本みたいな気がしていた。

 けど、時折口ついて出てくるあのリズムはなんだろ。
 それがどうしたって思っててもつい口をついて出てくるあのライムはなんだろ。
 ”俺は東京生まれのヒップホップ育ち
  悪そな奴はだいたい友達”

 『サイタマノラッパー』を見て、色々なことが氷解したり繋がったりして、頭の中に一幅の絵ができた気がしています。
 たぶん、ラップは日本を変える。
 急に何言ってんの?って思われるのだろうけど。
 
 事の始まりは都築響一さんの『夜露死苦現代詩2.0 ヒップホップの詩人たち』というインタビューでした。

《都築:それは、その時代その時代で、特に若い子たちの想いっていうものを、一番確実に表現する音楽のジャンルがあるんです。それはたぶん、40年くらい前だったら、自分が「あぁ?!」と思ってることを一番ダイレクトに表現できたのはフォーク・ミュージックだったかもしれない。そしてそれがパンクだった時は、「とにかく3コードさえおさえればいけるぞ」みたいなことでいけたと。そもそもの最初に、僕の地方巡りの仕事っていうのがあるんですけど、地方に行くと若い子たちがつまらなそうに夜中にたまったりしているわけじゃないですか。でもそこで昔みたいに、ギターで「とりあえずFを練習するぞ」とかではない。それがここ10年ぐらいはヒップホップで、「とりあえず有りもののビートで、とにかく自分のラップをやる」と。そして、それを中学校の体育館の裏で練習するみたいな、僕は特に日本ではそうだと思ったんです。それからやっぱり、ヒップホップは他の音楽に比べて垣根が滅茶苦茶低い。だって楽器がいらなくて、マイク一本でしょう。スタジオすらもいらないくらいで、夜中の公園とかで練習できる。一番お金がなくても練習できる音楽で、だから世界中に広まったと思うんです。僕は世界の田舎にも行くんですが、昔見ていた、ロックが世界中に広がっていく速度よりもヒップホップの方が早い。だって今、イランだってラップがあるわけだし、たぶん北朝鮮にだってあるかもしれなくて、これだけ包容力のある音楽形態ってなかなかないわけですよ。中国にロック・バンドもありますが、それはやっぱり資産階級じゃないとできない。だけどヒップホップの場合は、本当にラジカセ一個あればいいということがあるので、そういうヒップホップの形態の持つ力というのがありますよね。》

 これを読んで僕はハッとしました。
 もう長い間「音楽が何かを表現する」ということを全然気にしていなかったからです。
 冒頭にも書いたように、僕は音楽に「意味」というものを求めなくなっていて「クールさ」「ダンサブル」「美しさ」といったものしか目に入らなくなっていました。
 かつてロックで世界を変えようという運動があったことも、自分がロックに参っていたことも、全部忘れていました。
 加えて、もしも誰かが何かを言いたいのであれば、その人はやっぱりロックを使うだろうという思いがありました。ロック世代で頭が止まっていたということです。ロックで叫んでいた10代のあと、クラブミュージックをひたすら消費し続ける20代を通過し、完全に音楽の持つ意味性みたいなものと疎遠になっていました。

 この都築響一さんの文章を読んだ直後、僕は同居人の女の子が以前リビングで見ていた映画のことを思い出しました。僕が通りがかった時に画面に映っていたのは、ヒップホップっぽい格好をした太った青年が自室の壁に張られたラッパーのポスターを拝んでいるという場面で、その時はラップに興味がなかったので「また変な映画見てるなあ」と思いながら通り過ぎただけでした。
 彼女に「あの時見てたの何?」と聞くと、「あれは『サイタマノラッパー』という映画だよ、面白かったよ」という返事があり、早速僕も見てみた次第です。
 (つづく)

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