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書評:『犬はどこから…そしてここへ』畑正憲

書評
犬はどこから…そしてここへ
畑正憲
学習研究社

 僕の大好きなムツゴロウさんの一番新しい本です。
 「ムツゴロウさんの本」というとキョトンとする人が結構いるけれど、ムツゴロウさんは作家で、たぶんこれまでに100冊程度は本が出ているのではないかと思います。
 僕が子供の頃は「ムツゴロウと愉快な仲間たち」というテレビ番組がゴールデンで流れていて、「子猫物語」とか「REX」といったムツゴロウさんの映画も夏休みにやっていて、学校で使うノートも表紙が動物の「ムツゴロウ学習ノート」で、クラスに1人は「将来ムツゴロウさんの動物王国で働きたい」というような人がいました。

 それでも、というか、それ故にか、ムツゴロウさんを「ただの変な動物おじさん」だと思っている人がとても多いのですが、ムツゴロウさんは作家で、あの「ヨーシヨシヨシ」と動物をかわいがる姿からは想像しにくい激しい生き方をされています。
(参考:Wikipedia「畑正憲」

 麻雀も強くてプロ麻雀連盟の相談役です。強いだけではなく、お正月には三日三晩トイレ以外不眠不休で打ち続けると何かに書いてありました。Wikipediaには10日間打ち続けたこともあると書いてあります。

 僕が小学生の頃は結構誰も彼もがムツゴロウさんを好きだったように思いますが、中学生の頃になると「実は悪い人で裏で動物を虐待している」という噂が優勢になっていたような気もします。
 僕は高校から大学学部時代に掛けて、かなり沢山ムツゴロウさんの本を読んだのですが、ムツゴロウさんは「ただ動物を可愛がる」というよりも、人と動物が一緒に何かをすることに興味を持たれている印象を受けました。走り過ぎて馬が死んでしまうような競馬にも意気揚々と参加されていたと思いますし、スリランカで象使いに弟子入りしたときもでっかいバールみたいなやつでしっかりとゾウを叩いておられました。娘を動物好きに育てたら、魚を殺して食べることも拒否するようになりそれに衝撃を受けて、もっと深いことを教えようと思ったというエピソードが無人島へ移り住む前後の本に書かれていて、これはムツゴロウさんのスタンスを象徴的に示していると思います。

 さて、Wikipediaには、東大の修士にいたとき、

「研究の途上で文学の世界で生きるか、研究者の世界で生きるか悩み、自殺寸前まで精神的に追い詰められ、突如研究室から姿を消した」

 と書かれています。

 そして、この『犬はどこから…そしてここへ』の冒頭にはこうあります。

「私は、教えることと、学問を自分の正面に出すことを、非常に嫌っていました。自分は文学を書くんだという気取りがずっととれなかったんです」

 ええ、この本は今までのムツゴロウさんの本とは少しだけ毛色が違います。

 「今回は、思い切って犬についての話をさせていただきたいと思います」
 「私の新説を聞いていただくのは、今日が初めてです」
 「犬は、私にとって特別な生き物でありました」

 こんな前口上で始まります。
 講演の録音が元になっているので、話があちこちに飛んで少しわかりにくいのですいが、新説というのは副題にもある「犬は狼の子孫ではない」というものです。
 今から14万年前、僕達の祖先ホモ・サピエンスが誕生しました。ミトコンドリアDNAの分析によればイエイヌが誕生したのも同じく14万年前です。ホモ・サピエンスはその頃から体が大きくなりますが、それは肉食によるもので、たぶん犬と一緒に肉を食べていたのではないかというのがムツゴロウさんの推測です。
 犬には他の動物には見られない、特殊な性質が、それも人と共に社会を形成する性質があります。狼や狐はどんなに子供の頃に慣れても、大きくなるとムツゴロウさんが「第二次社会適応期」と呼ぶものがやってきて原野に帰って行ってしまいます。でも犬は離しておいても人間の近くにずっといる。一緒に狩りをしても、犬は獲物を食べない。人間が獲物の肉を与えてはじめて食べる。きっと、14万年前に犬と人は契約を交わし、仲良くなり、そして共に長い年月を生き延びてきたのだ。

 あとがきに、まだ科学的に証明されたことでもないし、もっと調べたいこともあるから本当はまだ発表したくなかった、と書かれているように、これが本当に正しいのかどうかは分かりません。でも、一般的に信じられている「狼が人に慣れて犬になった」という意見には「ムカつく」とムツゴロウさんは書いています。学術的な文献を読むだけでなく、世界中で犬に体当たりしてきたムツゴロウさんの意見に僕は耳を傾けたい。
 それに、もしもムツゴロウさんの説が正しくて、人類が人類だけでではなく、本当に犬と共に14万年も生きてきたのだとしたら、こんなに素敵な歴史観は他にちょっとないと思うのです。

犬はどこから…そしてここへ
畑正憲
学習研究社