空気を買う時代

僕はオーガニックを賛美したりヒッピーの振りをするような人間はないし、ハイテクや新しいものが大好きな人間ですが、それでも僕達はあまりにも自然から遠くに来すぎてしまったのではないかと思うことがあります。
 それは野生の動物達と今の僕達を比較してみれば一目瞭然です。
僕は実は進化論をあまり信じていないので、人間が本当にサルから進化したのかどうかもあまり良く分からないのですが、仮に人間がサルから進化したのだとして、そうであれば僕達の先祖は好き勝手に自然界から食べ物を得ていました。縄張り争いのようなものはあったのだろうけれど、土地を所有するということもなく群れで移動をしていたのだと思います。人間が定住生活を開始したのは高々1万年前だということなので、土地の所有というのは人類にとって実に新しい概念です。

サルが食べ物を自然界から勝手に取るのに対して、僕達はほとんどの場合、お金を払って食べ物を買っています。自然界から勝手に食べ物を取ることは僕達にはほとんど許されていません。あそこに見える柿の実は、あの庭の持ち主のものです。こっちに見える白菜は畑を管理している農家のものです。山へ入って山菜を取ろうにも山は全部誰かの持ち物です。植物がダメなら肉でも取ろう、と言っても、猟をしたり罠を仕掛けたりして動物を捕まえるためには免許が必要です。じゃあ魚でも取ってやれと言ったって、漁業権を買ったりしなくてはならない場合が結構あります。
 僕達は結構強力に食べ物と切断されています。お金がないと食べ物にアクセスできません。

次に飲み物ですが、井戸水や湧き水を飲んでいる人というのはそう多くないと思います。ほとんどの人は水道の水を飲んで水道代を払ったり、わざわざ海外から運ばれてきたミネラルウォーターだとか疑似科学の原理で体に良いとか唄った怪しげな水を買ったりして飲んでいます。
 つまり、食べ物に次いで水にもお金がないとアクセスできないわけです。

 この調子で、いつかは「空気」だって買わなくてはならない時代がくるんじゃないか、なんて冗談を言おうかとしたら、冗談どころか現に結構沢山の人々が空気を買っていることに思い当たりました。
 何のことを言っているのかというと「空気清浄機」です。

都市部の大気汚染だか、シックハウスだか、安っぽい防腐剤まみれの合板でできた家具のせいだか、なんだか部屋にいるとアレルギー症状が出て止まらないという人が増えていて、そして空気清浄機を買ったりします。
 空気清浄機の動力源は電気なので、空気清浄機を使うということは本体購入費用に加えて電気代という形で空気にお金を払っていることになります。つまり、都市部では既に空気を買わなくてはならない状況が発生しているということです。マスクが必要だというのも同じようなことかもしれません。

土地も食べ物も水も空気も何もかも全部、お金なしには手に入らないというのが
「変だ」と言いたいわけではありません。非情で強力な存在は自分が全てを独占してやろうと思うでしょう。だから生命維持の為のリソースが誰かに占有されてしまうことは変なことでもなんでもありません。ただ、僕はそれが嫌だし窮屈だし、もう少しどうにかなればなと思うし、その為の強さを持ち合わせていないことを悔しく思います。